来年は西暦2000年。干支でいえば辰年。つまり龍の年だ。
十二支のなかで唯一、龍だけが架空の生物。
だれもが見るはずのない動物である。
しかし、それを見た人々がいた…。
そして、それは意外なところで人々の生活に関係していたのだ。
雨を呼び、水を操る龍の姿とは。
龍は古代中国の人々が想像した架空の動物。研究書によると、少なくとも紀元前1300年ごろまでに龍という観念はでき上がっていたらしい。そして、秦(しn)や漢(かん)の時代までには、既に牙(きば)のある大きな口に、頭には鹿のような角(つの)をもち、全身は鱗(うろこ)に覆われた、今のような龍のイメージができ上がっていたようだ。中国の龍は雨を恵む水の神であり、農耕生活にとっていちばん大切な水のシンボルだった。そして同時に、時には洪水を起こす恐ろしい神でもあった。しかし、なぜ十二支に入っているのかは依然として不明。はっきりしたことはわからないが、ある説によると、中国では、龍と王権との関係が深く、王の権威のために十二支の中に入れたのではないかと言われている。ちなみに西洋のドラゴンはというと、たしかに龍の仲間ではあるらしいが、中国の龍が4本足なのに対して、西洋のドラゴンは翼があって2本足。 ちょうど恐竜に羽が生えたような格好なのだ。だから、蛇のようにクネクネと天に昇っていく中国の龍が、縦長の掛け軸絵に適しているのに対して、ドラゴンは泰西名画のように横長の額縁絵が似合う。しかも西洋では、ほとんどのドラゴンが神々や英雄に退治される悪魔的存在として考えられているところも、実に対照的。
ところで日本では、中国の農耕文化が入ってきた際に、いっしょに龍も移り住んできたようで、やはり、水の神様として崇(あが)められ、時には洪水を呼ぶ神として怖れられた。しかし、どんなお寺にも神社にも必ず見かける龍の彫り物は、それだけ日本人の信仰を支えた存在であるということがわかる。と言っても、いろんな所で目にする龍も、しょせん架空の生き物だから誰も本当の龍を見た人はいない。しかし、福岡在住の作家・白木正四郎(しらきまさしろう)さんの小説『龍(りゅう)の塔(とう)』には、その龍を見た人々の話がつづられている。
龍の虜になった人々
物語は今からおよそ20年前。国の科学資源省が打ち出した地熱開発計画によって、阿蘇カルデラを舞台に繰り広げられる企業の掘削(くっさく)レースを描いたものだ。つまり、最初に地下5000メートルを掘削し、2万キロワット以上発電できる量の蒸気を掘り当てた企業に開発資金の融資を行ない、試掘井(しくつでん)の全費用を国が支払うというもの。かつて石油掘削技師だった主人公の山崎誠一がロスから呼び戻され、彼が所属する「西部興産」ほか3社がこのレースに参加する…というストーリーだ。
ところで、地熱というのは、簡単に言えば地下のマグマで熱せられた高温の水や水蒸気で、温泉の化け物のようなもの。温泉は地表に近いところに貯まった水が100度以下で温められたものだが、地熱は地下1000メートルから3000メートルに貯まった太古の海水や雨水が熱せられたもので、圧力が高いために温度も200度以上に上がる。地熱開発というのは、この高温の水蒸気を深い井戸を掘って地上に吹き出させ、これでタービンを回して発電する地熱発電所を築くことなのだ。
さて、物語は掘削レースに参加した各社が、衛星を使ったり地磁気を測定したりと、最新の探査技術と掘削技術を駆使して地熱の掘削に挑む姿を描いている。女性科学者・鶴見志保は、何カ月もの間、探査のための測定値を解析するのだが、何本掘っても期待どおりの地熱に当たらない。ところが、ある晩、鶴見の夢枕に白い龍が現れ、ここを掘れという。 彼女はもちろん科学者だから、そんな話は頭から信じるわけにはいかない。しかし、気になった鶴見は、大分県と熊本県に伝わる伝説を読みあさり、そして一つの確信を得た。彼女は掘削する場所を、この龍伝説によって決め、最終的に地熱を掘り当ててしまったのだ。鶴見が読んだ龍伝説の一つはこうだった。
昔、仏道修行のため諸国行脚をしていた僧が、金鱗湖(きんりんこ)の湖畔に庵を建てて住みついていた。ある満月の夜、「静」と名乗る美しい娘が訪れ妻にしてほしいと懇願した。ただし、外から帰って来る時には必ず庵の前で「静」と大声で名前を呼んでくれという約束をして。二人の幸せな日々は続き、一年ほど経ったある夜。うっかり黙って庵の戸を開けた僧が見たものは、黒々とした雲に包まれた白い龍だった。そして龍は言う「私は湖に棲む龍です。あなたの姿を見て、娘に化身して楽しいひとときを過ごさせていただきました。しかし、あなたにこの姿を見られた以上、湖に戻らなければなりません。あなたのご恩は忘れません。いつかご恩返しをいたしますから、私の後を追わないでください」と、天に昇って行こうとした。僧は悲しみのあまり後を追ったが、龍は悲しみながらも僧めがけて巨大な口から赤い炎を吹きかけた。すると大きな地響きとともに、その僧は巨大な岩になってしまった。
龍伝説が語りかけたもの
龍伝説をもとに地熱を堀り当てるというこの小説は、いかにも物語然としていて、しかも、そのフィクションの中には、さらに龍伝説というこれまたフィクションが仕組まれている。しかし「事実は小説よりも奇なり」。実はこの小説、作者・白木さんご自身の実体験にもとづいて書かれたものだった。
当時石油掘削技師だった白木さんは、1977年、石油に代わる新しいエネルギーを求めて国が進める代替エネルギー開発・サンシャインプロジェクトの一環として、出光地熱開発という会社の技師長として地熱掘削に携わることになった。しかし、アメリカの最新式の探査技術と掘削技術を持ち込んで掘削してはみるものの、いくら掘っても採算ベースにのるような電力を起こすだけの地熱は出てこない。地熱が出なければ、すべての責任は技師長・白木さんにかかってくる。そんな折も折、掘削なかばにして白木さんは怪我をして入院してしまう。当然、すべての権限は剥奪。自分はもうこれ以上掘れないのかと断念しようとした矢先、静養先の湯布院の旅館で偶然手にした龍伝説にピーンと来るものがあった。白木さんは早速、プロジェクトを継続するための計画書を書き、その最後のページに自筆の龍の絵までつけた。
しかし白木さんは確信していた。「昔の人が見た白い龍の姿は、地上に吹きだした地熱の蒸気ではないか」。つまり、龍伝説のある地点を地図上に落としてみると、おおよそある線上に並ぶ。大陸移動を説明するプレートテクトニクス理論で説明すると、九州の大地は2つのプレートに分かれて移動しているという。一つは別府・島原構造線、もう一つは臼杵・八代構造線。次第に離れて行くこの2つの構造線の間に挟まれた陥没(かんぼつ)帯を地溝帯(ちこうたい)と呼ぶが、この地溝帯上に、阿蘇をはじめ大小の火山や多くの温泉がある。そして、湯布院、滝上、生竜(いきりゅう)温泉など、龍伝説の残る地点も、この地溝帯の中に一致するのである。つまり、龍伝説に語られる龍は、水蒸気爆発の白い蒸気で、昔の人が地熱兆候(ちょうこう)を後々の人に伝説として言い伝えたのではなかろうかというのだ。
龍伝説に目をつけた白木さんのプロジェクトは成功した。
# by masashirou | 2006-05-01 18:43