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TAO


 男性と女性、
 人間と哺乳類、
 動物と植物と鉱物、
 生物と鉱物、
 陸と海と大気、
 地球と太陽系、
 太陽系とマゼラン星雲、
 アンドロメダ星雲と銀河団、
 銀河系宇宙と局所銀河群宇宙、
 局所銀河群宇宙と乙女座銀河群宇宙、
 乙女座銀河群宇宙と超銀河団宇宙、
 星雲と暗黒物質、
 
 光と闇、……

 存在するものと
 存在しないもの、

 すべてが一つになる混沌が渦巻く、根源の世界、
 「道 TAO」の世界へ…。
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by masashirou | 2010-05-18 21:36  

「マグダナのマリア」

古代、世界中、男と女の神は平等に尊敬されて崇拝の対象になっていた。むしろ女性の神は新しい生命を生み出すという神秘性から、男性の神様より、優位な立場にいたくらいだった。皇帝ネロの時代、キリスト教は、凄惨な迫害を受けていた。
 古代ローマ帝国の皇帝コンスタンティヌス帝は、キリスト教をローマ帝国の国教にした。 共和制から帝政ローマ制度への変革の礎を作った、偉大なユリウス・シーザーが、ローマの最高の権力者になった時、「寛容」と記した貨幣を鋳造した。この貨幣はイタリアの国宝になっている。この「寛容」の精神こそが、ローマ帝国の拡大の秘密である。征服した異民族の神々を、ローマの新しい神として認めた。敗れた異民族は、自分たちの神々とともに、ローマに従った。これを可能にした精神土壌が、ローマ人が信仰する多神教である。コンスタンティヌス帝は、多神教を棄てたのだ。言い換えれば、ローマを捨てた最初の皇帝である。「寛容の精神」を捨てたローマは、その後、東西に分裂し、ローマ帝国は滅びの道を突き進む。歴史は教える。「寛容」を失った国家や組織は滅びると……。
 キリスト教を冷徹に利用し、最後まで、神キリストを信じていなかったコンスタンティヌス帝も、死ぬ直前の三三七年に、洗礼を受けたと伝えられる。西洋の王権神授説は、このコンスタンティヌス帝により発明された概念である。この王権神授説が、時代を経て、ルイ16世などの中世の封建制の王たちの権威を与えたのである。
 西暦三二五年、ニケーア公会議で、八十を超える福音書から。マタイ・マルコ・ヨハネ・ルカの四つの福音書が選ばれ、『新約聖書』が完成した。その基準は、イエスが復活奇跡を起こす神であること。イエスの教えを伝える教会をペテロが設立し、その教会が神と交信できる、唯一の場所であること。その編集基準から逸脱する恐れのある福音書は、異端として弾圧の対象になった。一番恐れたのは、イエスの妻「マグダナのマリア」が、神キリストの子を宿し、その子サラにイエスの血脈が伝承された場合、神イエスが人間であることになる。そうなると、神との交信する場所がペテロの設立する教会以外に拡大し、教会の権威が失墜することだった。
 
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by masashirou | 2010-05-18 21:33  

 ミッテラン大統領の就任演説の言葉

私が最も大切だと考えることは、敵対する勢力を、力で打ち倒すことではなく、彼らを説得し、納得させることなのです。
 私が大統領に就任した今日、一九八一年五月十日という日の、真の勝利者、それは希望であります。フランス国民が、その希望を手にするために、私は、相手への畏敬の念を持ち、意見の異なる複数主義の道、異なる立場を認める道を、立ち止まることなく、歩き続けたいと思います。
 世界は今、国と国との利害が対立し、果てしない緊張が続いています。フランスは宣言します。地球上に生きる人類の約三分の二が、餓えと屈辱の中にいる限りは、本当の国際共同社会は成立していないことを……
                  ミッテラン大統領の就任演説の言葉
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by masashirou | 2010-05-18 21:29  

北島三郎と老子


長い間会社から離れて年賀状書かず20年近く、自由を愛し、束縛を嫌い、何のしがらみも残さない人生を生きる孤高にいき死んでいく。


老子のように、名もなく、素浪人というキーワードで生きてきました。そんな私ですから仲間つくりは苦手で、孤独を愛する人生を楽しんできましたからしょうがないといえばそうなんですが・・・・、友達がいる不自由さにも少し憧れています。年を取ったせいでしょうか?


老荘思想に生きる私としては水の交わりができる友達関係が理想です。昨日、そんな素敵な数少ない友人と二人で、演劇評論のお仕事を兼ねて、具体的に言いますと「博多座の広報誌」に演劇評論を書くために、
北島三郎芸道45周年記念公演を見ました。驚きました!なんと70歳の「北島サブちゃん」が白鳥に乗っては客席の上を3階席まで飛んでいました。






猿之助の三国志のスーパー歌舞伎でも猿之助が白鳥になって、博多座の客さんの上空を舞いましたが、北島サブちゃん、猿之助よりも長く客席の上を飛んでいました。まさに、「スーパー演歌劇」誕生と言いましょうか・・。それに、なんと男性が40%以上のお客様で満席でした。

いつも男性が5%ぐらいしかいないので肩身の狭い思いをしていました。これには、クールな私も本当に嬉しくなりました。博多座には毎月、母や姉にひっぱられて見にいきますが・・、ほとんどの公演が森光子さんや藤山直美さんなどの女性役者が主役のせいか、いつも男性が5%ぐらいしかいないので肩身の狭い思いをしていました。

北島三郎の公演はエンディングが凄いと聞いていましたが、これ程とは思いませんでした。私がアメリカにて石油を掘削していたころ、たまたま北島三郎の歌「与作」をアメリカ人の掘削仲間の前で歌ったことがありました。

その時、アメリカ人が北島三郎という歌手は「どんな歌手か?と聞かれ「日本のフランク・シナトラ」だと説明したことがあります。まさにラスベガスで見たシナトラの豪華なショーみたいでした。


それに競演の懐かしの喜劇役者「白木みのる」が72歳、「人見明」が84歳で舞台に出演されていましたのには感動しました。私は58歳ですが、もし、近所の70歳のおじいさんが84歳、72歳の人とショーとお芝居をやるから来てねと誘われたら、自分がどう反応するでしょうかと考えると・・・これは奇跡です。私もまだやれるぞと、何をやれるかは、凡人ですので、アイデアがでてきませんが、老後のちまちました人生設計なんか吹っ飛びました。



お芝居の演目は長谷川一夫の映画で有名な「伊那の勘太郎」。さまざまな人間の義理が絡み合う日本人ならぐっと心の奥に迫る情感を描いた作品。5年ぶりに帰って来た勘太郎は、自分の子新太郎を大事に育ててくれた妻おしのと、再婚した岡っ引きの辰蔵の前で、怒りと感謝と戸惑いの中で揺れる勘太郎を渋いいぶし銀の演技で演じる北島三郎の演技に各席からすすり泣く声が聞こえてきます。


とくに、新太郎を演じた子役がいい演技をしています。おしのを演じる野川由美子がいつも前かがみの姿勢で新太郎を抱き寄せる、つつましく、しかし、子供のために強く試練を乗り越える日本の女を見事に演じています。脚本でうまいなあと感心したのは、悪役の兄弟にもそれなりの兄弟の義がきちっと描かれていた事。まさに今、世界はアラブの義とアメリカの義との戦いの真っ最中。義という概念は人と人を結びつけ、助け合うこと、愛することにもなると同時に人と人を憎み合わせ戦わせることにもなるというメッセージを発信しています。


また、義という漢字には「補う」という意味があります。「義肢、義手、義足、義母」など。理屈ばかりの世界から生まれる利害関係だけで動く世界を補うのが「義理」です。「義理が廃ればこの世は闇だ」と人生劇場の有名な歌がありますが、戦後60数年の間に、日本人が完全に失いつつあるものが「義理」でしょう。勘太郎はこの義理の世界で生きた人間です。理屈を超え、自分を犠牲にしてでも、人間が利他の世界に進むようにと、押し出す力が「義」の心なのです。考えて見れば、昭和20~40年代の大衆映画は任侠道や親子の情愛を真正面から描いた作品が多くありました。

アメリカの占領政策で、こうした日本人の美徳である情感、例えば、人のことを思いやる心自分の我を押しとどめる心、我慢して努力する心、つつましく人を愛する心、恥を知る心、誇りを持って生きる心など、次第に消滅していきました。この芝居はそういう意味で古い芝居です。しかし、今、もっともニーズのある芝居かも知れないと思いながら見ました。子供たちにぜひ、見せたい芝居のひとつでしょう。



「北島三郎大いに歌う」歌謡ショー。北島三郎のお父さんやお母さんを「産みの親」、作曲の舟村徹先生、作詞の星野哲郎先生を「育ての親」と紹介しながら、空中に浮かぶ雲のスクリーンに映し出し、思い出の曲500曲から選んだ格別の思い入れの強い曲を心を込めて歌い上げるサブちゃんの姿は何かひとつの事を求め成し遂げた人間の凄さと清清しさを感じさせるステージでした。故郷函館に熱い郷愁、報恩の思いをユーモアを交えて自然体で語るサブちゃんにも、心から拍手を送ります。
日本人が古い、ダサいと切り捨ててきた日本の心がこの舞台で輝きを持って見事に蘇りました。ありがとう!サブちゃん。


もし、老子がこの公演を見てたらこう言うに違いありません。


「私のことを誰がつけたか老子と呼んでいるらしい。今の日本人は老という漢字の意味を誤解してるから教えてあげよう。本当の意味を。「老酒」ラオチューと呼んでいる中国のお酒があるが、「老」という意味は最高に熟しているという意味で、年を取ったというような後ろ向きな言葉ではないんだ。


年を取るということは人間として赤子のように再び、完成度の高い最高の状態にもどることなんだ。北島サブちゃんもやっと70歳の年齢を得て、すこしいい演歌歌手の玄関の入り口にたどり着いた感じ。まだまだ、サブちゃんは成長し、成熟する可能性のある歌手だと思う。


日本人は一年の季節の移ろいを春夏秋冬とイメージする。年を取ることを冬にたとえるから間違ってしまう。古代中国では一年を冬春夏秋とイメージする。色で言えば黒(玄)青赤(朱)白。動物で言えば亀龍雀虎。だから晩年はイメージで言えば秋。色で言えば白。つまり白い虎のイメージが老人のイメージとなる。

ちなみに柳川生まれの詩人北原白秋はそれから自分の名前をつけた。人間が生まれたて子供の時代を黒い大地から冬眠から覚めた亀が這い出す時期、つまり、黒い亀の時期だ。次に大人になるまでの若い学ぶ時代。それは志を高く飛翔する青い龍、まさに青春だ。

次に来るのが、大人になって群れの中で仲間と力を合わせてよりよい社会の建設に向けて暮らす時代。赤い朱色の雀の時代だ。そして晩年。白い虎になって深い森に住む。だから、年を取るということはかっこいい。

サブちゃんが身につけた白い衣装で空を飛んでいる姿を見て、黒いスクリーンの中から白い虎が青と赤の時代の記憶を象徴するの二つ赤青の龍を従えて出てきて飛んでいるんだなぁと思ったね。



サブちゃんかっこいい。皆さんも年をボーッとしてとらないで、熟すように年をとろうと意識して努力すると、サブちゃんの様に、70歳でも空を飛べるんじゃ。」と・・・・
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by masashirou | 2010-05-16 21:35  

キーウィの風

キーウィの祈り
偉大な存在が、風になって旅をされていた時
偉大な存在は、海に浮かぶひとつの大地を創りました
大地はみるみるうちに大きくなり大陸になりました
やがて、大陸は5つに分かれました
大陸は、海をただよい始めました
偉大な存在は、大地がひとつであった記憶を残すために、中心だった場所に小さな島、ニュージーランドを残すことにしました
すべての生きものと、5つの大陸は、地球の果てまで航海を続けました
やがて、5つの大陸は強いものが、弱いものをいじめる争いの世界になりました
争いを嫌う鳥たちは、5つの大陸から自分たちが生まれたニュージーランドを目指して飛び立ちました
ニュージーランドは、鳥たちの歌が一日中あふれる平和な島になりました
長い、長い時間が過ぎました
人間たちが、さまざまな動物をつれて、島にやってきました
4つの足を持つ動物たちは、次々と鳥たちをおそいました
憎しみと恐怖が、島を支配するようになりました
やがて、鳥たちは、歌を歌うことを忘れました
美しい笛のような音色で歌う、「キーウィ」という名前を持つ鳥が、ひとつの願いを南十字星に祈りました
キーウィは、「平和な島にしたい」と祈りました
南十字星が、輝きを増した夜
キーウィの前に偉大な存在が現れ、こう言いました
「お前が、4つの試練を受けいれるなら、願いを叶えてあげよう」
キーウィは、ためらいなく、大きくうなずきました
「この島が平和な島に戻れるのなら、どんな試練も受け入れます」
偉大な存在は、キーウィの翼と視力を奪いました
偉大な存在は、キーウィの身体を小さくし、鋭いくちばしを糸のように細くしました
「これで、お前は、自分を襲う敵を見る事も、逃げることもできない。身体が小さいお前は、戦う事もできない。キーウィよ。今なら、もとの姿に戻れるが・・・・」
「いいえ、かまいません。しかし、教えて下さい。こんな弱い私が、争いを止めさせることが出来るのでしょうか?」
偉大な存在はキーウィに言いました
「キーウィよ。平和とはみんなが武器を捨て、戦いの心を無くすことだ。お前は私から森で最も一番愛される鳥となるだろう。私は、永遠にお前とお前のこどもたちを守る事を約束しよう。無力なお前のこどもたちが祝福され、生きながらえる姿を見て、他の動物は争わなくても、森で生きられることを学ぶであろう」
キーウィは、あまりのうれしさに、涙を流しました
キーウィの流した涙は、森に流れる清らかな川になりました
偉大な存在は、キーウィの心に感動しました
偉大な存在は、キーウィに、かたい殻を持つ巨大な卵を産める力と、森を自由に旅が出来ように、丈夫な脚を与えました
偉大な存在は、くちばしの先にするどい嗅覚を与え、細いくちばしでも食べられる小さな虫を、地中につくりました
キーウィは、すぐ行動を開始しました
キーウィは、次々と争いを止めさせました
無抵抗のキーウィの勇気は、敵に恐怖を与えました
もちろん、キーウィを襲おうとした動物は数多くいました
しかし、ずるい動物は、他の動物から嫌われるようになりました
やがて、キーウィを襲うものがいなくなりました
キーウィの精神は、ついにこの島に平和をもたらしました
キーウィのこどもが、お母さんにたずねました
「ぼくたちは、もう大空を飛べないの?」
お母さんキーウィは、こどもたちに言いました
「そうね。飛べないかもね。たいせつなものを手にいれたのだから」
「たいせつなもの?」
「本当にたいせつなものは、目にみえないものなのよ。目に見えるたいせつなものを捨てると、目に見えないたいせつなものが手にはいるの」
「目に見えないたいせつなもの?」
「それはね。こうしてこの森で、なかよくみんなで一緒にすごせることなの」
キーウィが住む、ニュージーランドは自然と動物と人間が一緒に生きる平和な島になりました
それから長い月日が流れました
やがて、世界中に戦争が起こりました
すべてを焼きつくす戦いの炎が多くの生きもの生命をうばいました
戦いの炎が、地球上の美しい自然をこわしました
暗闇が地球上をおおいました
長くむなしい戦いの後、キーウィの祈りを受け継ぐ人間と国が誕生しました
その人間の名前は、誰とも戦わないと言ったインドの聖人「ガンジー」です
その国の名前は、どの国とも戦わない憲法を持つ、
「ジャパン」です
キーウィの祈りは、やさしい風となりました
キーウィの風は、永遠に南太平洋に浮かぶ小さな島ニュージーランドから吹き続けます
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by masashirou | 2010-05-16 21:29  

タオの詩

宇宙が生まれはじめた頃
一つの道があった
それは深い闇の世界に繋がる道
何もないと思われた無の世界

しかし、無の世界の深い淵から一筋の光が生まれた
そこから、光と闇の二つの相対する世界が生まれた
そして、
名前が生まれた
名前は次々と付けられ
自分とほかの世界が区別されるようになった
動物という名が付けられた時
ほかのものから切り取られた可哀相な「動物」が生まれた
人間と名付けられた時
人間はほかの動物から切り離された
最初は区別された悲しみを人間は記憶していた
長い時間が過ぎた頃、人間はみんな一緒だった頃のことを
思い出すことを忘れてしまった
「人間はほかの動物と違う」
人間は自分の名前をつけた
「自分は他人と違う」と考えることが知性だと
人間たちは考えるようになった
そうして世界は瞬く間に
多くの名前を持つものたちで溢れる
対立と競争が支配する世界に変わっていった
本当は一つなのに……

区別されたものたちは
互いに争うことを好むようになった
孤立の悲しみと憎しみと復讐の心で世界が満たされるようになった

区別された世界が本当の世界ではないと
一つの世界が本当の世界だと
東洋の少女を深く愛したジョン・レノンが歌った
知性を持った人間たちは彼を理解できなくて殺してしまった
「夢追い人」だといって軽蔑した
本当は区別された世界が「バーチャル・リアリティー」
本当の「リアリティー」は、一つの世界
人間たちは逆のことを信じて生きるようになった

道に気づく人間たち
無の世界にさまざまな有を感じる人間たち
「有難う」と心から自分以外のすべての存在に告げる人間たち
そんな人間たちが
地球のあらゆるところで
動き出す

地球は今、覚醒の時を迎え
星が動き
「獅子の争い」の時代が終わろうとしている
水甕を持った人間たちが
区別され、差別され、憎しみに溢れる乾いた大地に
それぞれの「水」を持ちより
緑溢れる世界を創造するために
動き出した……
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by masashirou | 2010-05-16 17:29  

TAOの詩

TAOの詩



人生を太極図の紋様で見てごらん
そうすると、人間の本当の姿が見えてくる
〈陰〉と〈陽〉が螺旋状の紋様を描いている
〈陰〉は死の世界、〈陽〉は生の世界だ
人生も死と生が一つの紋様を描いている
毎日多くの細胞が死滅し、多くの細胞が生成される
生は死と共にいつもいる、生は緩慢な死に至る道

太極図をよく見てごらん
〈陰〉の中に〈陽〉の小さな窓が
〈陽〉の中に〈陰〉の小さな窓が有るだろう

〈陰の陽〉が誕生、〈陽の陰〉が葬式
それは、どんな人間でも、人生で主役になれる瞬間
喜びの誕生と悲しみの葬式
考えてみてごらん
自分が主役である日を、自分は喜ぶことも泣くこともできない
息を吐いて、この世に生まれる誕生の日
自分はただ泣き叫ぶだけの裸の赤子
その息を引き取って、この世に別れる日
言葉が出せない沈黙の裸の死体

自分の代わりに、他人が喜んだり、悲しんだりしてくれる
有難いと心から思わないかい
人生の最も重要な瞬間は、すべて他人に委ねている
人生とは、他人のお世話にならないと始まりも終わりもない
自分ではどうしようもない
自分だけで人生を生きているなんて考えは間違いだ
自分と他人や、植物や動物や、風や光や、月や太陽や、
あらゆる存在と、大きなつながりが有る
そう気がついた人たちが、タオの道を歩きはじめる
区別していた苦しみから、初めて人は解放される
そう、そのタオの道は、
サムシング・グレートの存在と繋がっている
一つの存在こそが、
リアリティーの世界なんだ
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by masashirou | 2010-05-16 17:26  

新しい時代の到来!

この十年の間に、別の研究分野の画期的な進歩があった。アメリカのアリゾナ大学の心理学者ゲーリー・シュワルツ博士の「動的システム記憶仮説」や、英国のケンブリッジ大学のルパード・シェルドレイク博士の「形式的因果作用説」、説明不可能なデザインや意志が、あらゆる物質に影響を与えていることを認める科学を創ろうという、アメリカの新しい科学運動といえる「インテリジェント・デザイン」理論などである。


 また、宇宙を「陽のこの世」と、実数と虚数の波動関数で形成されている「陰の複素数空間」の二重構造と考える波動関数宇宙理論や、人間の認識と観察が量子のふるまいや宇宙そのものに大きく影響すると主張する量子力学論や、人間が三次元で理解できない複数の世界が同時に存在するという、平行宇宙理論や、余剰次元宇宙理論、多重宇宙論などが次々と発表された。それにつれて、老子哲学を見直す動きが出てきた。


 特に、ハーバード大学の美貌の女性理論物理学者リサ・ランドール博士が、一九九九年に発表した「ワープした余剰次元理論」は、目に見えない高次元世界の存在を裏付ける画期的な仮説として、私に勇気を与えた。彼女は、台所の焦げないフライパンの「準結晶」と名前がつけられた、表面加工技術が作り出すコーティングこそが、われわれが認知できる三次元の世界以外に、高次元の世界が存在する証拠であると考えた。


「準結晶」は、通常の結晶と異なり、法則性が見つからない謎の結晶である。しかし、高い次元の世界では、きちんとした法則性がある結晶になっており、三次元の世界では、情報が欠損して見える。つまり、「影」として映し出されるために、その法則性、規則性が認められないのではないかと主張した。また重力が、磁力などのほかの力と比べて非常に弱い力しかない理由として、重力は、別の次元の宇宙では、遙かに「強い力」として存在しているが、高次元の世界が湾曲しているために、三次元世界では「弱い力」になる。そして、重力が高次元の世界からこの世界に「影」として作用する力であるからという仮説を打ち立てた。


 これは、暗黒物質が膨大な重力を保持し、宇宙の暗闇に存在するという「陰の宇宙論」の解明にもなる画期的な理論である。また、別の高次元の世界、目に見えない「陰の世界」と目に見える「陽の世界」が何らかのつながりが有ること、両方の世界が準結晶などの「三次元世界では魔法のような働きをする、不思議な技術」や現象、「重力」や「思念」などの弱い力で、ワープする未知の通路が存在することも説明できる、革新的な仮説である。
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by masashirou | 2010-05-16 15:25  

デトロイトのフォード博物館で見た衝撃の事実

デトロイトのフォード博物館で見た衝撃の事実


この世にはどうも歴史が繰り返す不思議なルールが有る。

鳩山家が麻生家に世代を超えて戦うように、マルコス家とアキノ家が再び戦うように。歴史が時代を超えて類似したパターンで繰り返す。

これは宇宙の記憶に有るパターンが形成されるらしい。それに共振する事象や人間が現れると過去のパターンが共鳴を始めるのだ。


私はフォード博物館でリンカーン大統領の血のついた赤い古びた椅子を見て驚いた。

その椅子の前にある車が、アイルランド出身の偉大な大統領ジョン・F・ケネディが暗殺された時のフォード社製の、リンカーンという車だ。この暗殺された、この二人の偉大な大統領には奇妙な共通点がある。



 まず、この二人は十九世紀と二十世紀を代表する最も偉大なアメリカ合衆国大統領だ。リンカーン大統領はワシントンに巨大な彫像が建設されているくらいだから……。ケネディ大統領もキューバ危機を救った偉大な大統領だ。この二人はアメリカ史に残る名演説を残していることでも似ている。
 『人民の、人民による、人民のための政治』と言ったリンカーン。『国が何をしてくれるのではなく、国民が国に対して、何ができるのか……』と言ったケネディ。どちらも民主主義の理念を謳い上げている演説だ。二人は同じ、北部の出身で、黒人の人種差別に反対し、南部人から憎まれていた。それに、初めての議会選出の年が一八四六年と百年後の一九四六年。大統領当選の年が一八六〇年と百年後の一九六〇年。リンカーンが暗殺されたのが一八六五年四月十五日。ケネディが暗殺されたのが、約百年後一九六三年十一月二十二日。しかも同じ金曜日に、妻の前で、頭を狙撃された。暗殺された場所はリンカーンがフォード劇場の椅子の上、ケネディはフォード社のリンカーンと呼ばれる車のソファの上で……。その椅子が目の前に会った。

私は、は二つの展示物がそんな歴史を持って、同じ場所に存在する因縁を不思議に感じた。この二人のアメリカ大統領は、輝かしい英雄伝説の光と、銃撃暗殺による死という暗い闇の伝説に包まれた人生を歩んだ人物である。後世に語り継がれる偉大な人生、それは幸福と不幸、波乱万丈の陰陽に包まれた人生である。
 

しかも、犯人の運命についても不思議な共通点がある。リンカーン大統領を暗殺した犯人ジョン・ウルケス・ブースは、劇場で狙撃して逃走後、倉庫で逮捕された。ケネディ大統領を狙撃したリー・ハービー・オズワルドは、教科書ビルの倉庫から狙撃した。

私も25年前にこの教科書ビルの窓からケネディが暗殺された道路を見た。

犯人とされたオズワルドは、逃走後映画の劇場で逮捕された。

二人の犯人の誕生の年は一八三九年と百年後の一九三九年。二人ともミドルネームを持っているので三つの名前を持っていた。その暗殺者の名前はいずれも十五文字、二人とも南部出身者。そして、共に裁判の前に暗殺された。しかも、使用された銃のメーカーは同じだ。


 さらに、不思議なことに、その時の副大統領は『アンドリュー・ジョンソン』と『リンドン・ジョンソン』どちらも同じファミリー・ネームだ。そして、二人のジョンソンの誕生の年が一八〇八年と、百年後の一九〇八年。いずれのジョンソンも大統領の名前はいずれも十一文字で、暗殺後直ちに大統領に就任している。そして、暗殺の黒幕疑惑もジョンソン副大統領とされていて、二人とも大統領就任十年後に死亡しているのだ。

さらに、二人の大統領の秘書の名前の関係が興味深い。リンカーン大統領の秘書の名前がケネディ。ケネディ大統領の秘書の名前はリンカーンであった。どちらの秘書も大統領に、『劇場に行くのは危険だ』と、『ダラスに行くことは危険だ』と言って警告した。


 リンカーンのスペルはLINCOLN、ケネディはKENNEDYと同じ七文字。リンカーン大統領が暗殺される一週間前メリーランド州モンローに滞在し、ケネディ大統領は暗殺される一週間前、アメリカの最高の女優マリリン・モンローと過ごしていた。

 歴史は繰り返すという言葉があるが、あまりにも類似点が多すぎる。奇妙な話だ。

歴史から学ぶべきものが多くある。

しかし、ドイツの詩人ハイネが『人間が歴史から何にも学ばないことを、歴史から学ぶことができる』と嘆いている。

我々は歴史から多くのものを学ぶ人間になるべきである。

歴史は面白い!
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by masashirou | 2010-05-16 15:16  

TAO

「陰」の中心に「陽」の小さな窓がある。そして、「陽」の中心にも「陰」に繋がる小さな「陰」の窓がある。
 お互いが相互補完関係であることを意味する。そして、さらに回転しながら螺旋を描きながら陰陽が融合する。しかし同時に、老子の思想の基本は、陰と陽が対立し、それは相互補完関係にあり、相対的な関係性を持つ。しかも、それらは究極のところでお互いに繋がっている。
 それは、太陽と月の関係に似ている。太陽は昼を支配し、月が夜を支配する。お互いに対立して、無関係のように見える。しかし、地球の生命は、「陽」の太陽と「陰」の月が相互に関係して支えている。太陽は生命に熱と光エネルギーを与え、月は海に潮の満ち引きを与え、地球の回転軸の角度を安定させ、地球上に四季を創り、地球の自転を緩やかにさせ、生命が誕生する静かな環境を創造する。人間は「陽」の太陽を崇めるが、「陰」の月に感謝することはない。
 「対立しているかのように見える二つのものが、相互補完しながら、新しい次元のものを創造する」という概念は、多くの科学者が、未知の科学分野を解明する基本概念として応用した。
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by masashirou | 2010-05-16 13:02