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位置ゲー「コロプラ」と老子

今話題沸騰のGPSと連動したモバイルゲーム(位置ゲー)というゲームサイトを作った青年は、なんと九州工業大学卒の馬場功淳さんです。彼の理念はまさに老子がIT携帯サイトを運営するならこうしただろうと思わせるほど、老荘思想哲学のゲームだと感心しました。

地方の老舗のお店のお土産商店に実際に出向き、商品を購入すると、GPSが携帯にその場所にいると認識して、ゲームに使用するカードがもらえる特典を得るために、このゲームサイトに登録している100万人のユーザーが、地方の小さな老舗のお店を訪れます。1ヶ月に、15000人が訪れ、2時間で売り上げが50万円にもなるお店も続出しているそうです。日本で、49店舗しか登録されていません。残念な事に、福岡県は0です。九州から熊本と佐賀のお店が各一店舗ずつ登録されています。九州リクルートが福岡空港出発のこのゲームサイトとコラボして北部九州のツアーを開催したところ東京から多くのお客さんが参加したそうです。JR九州とタイアップして、50の駅を巡る周遊券が発売されました。まさに、この家にいてゲーム漬けの若い人をリアルな旅に誘い、お土産を購買させ、歴史的な遺跡を実際に訪れさせるモチベーションの優れたソフトとして様々な業界が注目しています。
このコンセプトが素晴らしいのは、運営がウキペディアのよう寄付で運営されているところです。また、バーチャルな携帯のいわば、あの世の情報宇宙にいた若者をとこの世の物質宇宙に引き込み、リアルでしか味わえない生きる喜びや、人とリアルに繋がりあい、助け合う喜びを、体験させ人を優しい気持ちにして、人が動けば国が繁栄するという経済信念をこのゲームさいとで実証しようという志が凄い点です。久々にこのようなIT技術の創業者が北九州工業大学から輩出した事を郷土の誇りに思います。ぜひ、トップランナーを取材する新番組RKBテレビの「豆ごはん」で取りあげていただきたい九州人です。

著者 : 永井美智子(編集部)対談記事。

 携帯電話の位置情報を使って遊ぶ「位置ゲー」というジャンルのゲームが注目を集めている。ユーザーの現在地や移動距離などに応じてゲーム内のアイテムや通貨が獲得できるというもので、いつでも持ち歩ける携帯電話の特性をうまく生かしたジャンルといえるだろう。

 この位置ゲーの最古参企業で、位置ゲーというジャンル名を名付けたのが「コロニーな生活☆PLUS」(略称:コロプラ)という携帯電話向けの無料ゲームを提供しているコロプラだ。ユーザーは移動距離に応じてゲーム内通貨をためたり、位置によって異なるゲーム内アイテムを獲得したりしながら、コロニーと呼ばれる島を育てていく。

 もともとはコロプラ代表取締役の馬場功淳氏が個人で運営していたサービスだが、サービスの拡大に伴って2008年10月に法人化。現在は毎月20%超の成長を続けており、2009年5月末現在で利用ユーザー数は20万人、(注;2010年4月では登録ユーザーが100万人を突破)月間ページビューは2億8000万PVにのぼるという。ユーザーの7割以上が20代~40代で、10代~20代のユーザーが多いモバイルサービスの中では異色の存在とも言える。

 主な収益源は寄付、メールアドレスを含むユーザーの個人情報を一切取得しないのがポリシーという点も、既存のモバイルサービスとは一線を画している。

 コロニーな生活☆PLUSはどのようにして生まれたのか、また、今後どのような事業展開を描いているのか。馬場氏に話を聞いた。

――2003年ごろから位置ゲーを運営していると聞きました。
コロプラ代表取締役の馬場功淳氏 コロニーな生活☆PLUSの前身で「コロニーな生活」(略称:コロニナ)というコンテンツが始まりです。2003年5月、DDIポケット(現:ウィルコム)のAirH" PHONEが出たときに、家のサーバ1台を使って無料でサービスを開始しました。

 なぜそれを作ったかというと、AirH" PHONEという端末は当時すごく先進的で、パケット定額でなおかつ位置情報が取れたんです。今だと当たり前の機能ですが、それが6年前にあった。

 当時、私は九州工業大学というところにいて、KLabの「大学前ケータイラボ」というところに参加して、iアプリをいろいろ作っていました。それが楽しくなってしまって、大学院を辞めることにしたときに、家にサーバを置いたんです。

 自分しかそのサーバにアクセスしないのもつまらないので、何かやろうかなと思っていたら、ちょうどAirH" PHONEが発売された。今まで懸案だったパケット料金の問題が解消されて、なおかつユーザーの位置が取れる。携帯電話の一番の価値は人と共に動く、常に持ち歩いているということにあるとずっと思っていたので、これを使って何かできないかと考えました。

「コロニーな生活☆PLUS」 そのとき、徐々に成長するものが面白いと感じていたので、携帯電話で街を作るゲームがあるときっと面白いだろうと思いついたんです。どこでも(成長を)確認できるから、携帯電話との親和性は高いですし、位置というキーワードも、例えば街が自分と共に移動して動くと面白いんじゃないか。でも街は動かないから、「浮かんでいる街」ということで、コロニーはどうかな、と。

 動いたら何が楽しいんだということについては、インターネットは世界中の人とつながれるものだけれども、逆にそれを制限したら面白いんじゃないかなと考えました。ゲームって「罰」と「報酬」から成り立つので、それをストレスとして与えれば、偶然の出会いが面白くなるんじゃないか――それで、近くの人だけに交信ができるモデルを作ったんです。

 初めはすごく反対されて、「何か良いことをされても(相手が移動してしまえば)お礼も言えないじゃないか」などとずっと言われていたんですけど、「僕はそのほうが面白いと思うんで」と言って頑なにやっていた。そうすると、ユーザーも「たまに会えた」とか、「こんなところで会えた」ということが楽しみになってくる。つまり、一期一会という状況です。それがサイト上でコロニナの中で再現できたのかなと思います。

――最初からコンセプトを固めていたんですね。
 きっちり固めていました。若かったんですね、考える余裕があった(笑)。

――コロニーな生活☆PLUSでは、コロニーを育てるためにユーザーが自然に助け合う文化ができています。これは何か運営側で仕掛けたのですか。
 それは100%狙っていたわけではないんです。最初に苦労してコロニーを維持したユーザーの方が残ってくださっているので、入ってきたばかりの人はご近所さんだし助けなきゃいけない、というのが自然に起こって、そういう文化が生まれました。

「資源満タン」を押すとコロニーを育てるのに必要な「食料」「酸素」「水分」をほかのユーザーにあげることができる。また、掲示板ではユーザーの名前ではなく、コロニーのID番号が表示される 僕は、それを手助けするだけで、例えば、資源の足りないユーザーの画面には「満タン」ボタンを付けて、ほかのユーザーが簡単に補給できるようにしたとか、初心者だとわかるようなマークを付けたりとか、事あるごとに「初心者の皆さんには優しくしましょう」と訴えたりとか。ただ、基本的にみんないい人なんだなと思います。

 あとは、コロプラという匿名の仮想世界でも、地域感や社会感が出てくるので、人のいい部分が出やすいのかなと思います。コロニーには完全にIDが付けられていて、番号は変わらないんです。例えば、ニックネームだとニックネームが変わると別人っぽくなりますよね。でもコロプラだと不変のIDが付いているので、変なことをするとそれは噂として回る。本当に社会の縮図的な構成になったので、それが抑止力として働いて、悪いことはできない、いいことをしましょうという文化になっているんじゃないかなと思っています。

 ただ、それも狙ったわけではないんです。なぜコロニー番号を採用したかというと、個人情報を一切取りたくなかったんです。位置情報という、あまり他人に見られたくないものを扱うので、逆にほかの個人情報は一切取らない方針を採っています。登録にメールアドレスも取りませんし、そもそもユーザープロフィールもない。ニックネームを自分で名付けるところもない。ニックネームは、何か自分と紐づけた名前を付けてしまいがちなので、見る人が見ればわかってしまう場合があるんですよね。要するにコロプラは、ユーザーが自分自身を主張するものは一切許さないという立ち位置を取っているんです。

 ユーザーのメールアドレスを持っていないので、メール配信も一切していません。そうなると、コンテンツ自体のおもしろさで人を引きつけるしかないので、そこには気を遣っています。例えば、コロニーにときどき隕石が降ってくるので、「隕石が降っていないかな」と心配するような仕掛けです。

――その場所にいる人同士しかコミュニケーションを取れない、という、場所に縛られることで生まれた良い影響というものがありますか。
 運用側から見ると、「世界を小さくできる」ということがあります。例えば、部活の試合って、他校戦、地域戦、都道府県戦、全国戦という構造になっていますよね。よく「俺は県で3位なんだよ」という言い方をしますが、それができるのは「地域」という小さな世界があるからなんですね。そういうのはヒーローを生みやすい。例えば、県大会では全然駄目だとしても、その地域では1番になれる。そうやってヒーローが生まれやすいと、それを目指す人も増えるし、「この“中毒者”には勝てないな」みたいなものがなくなってくる。

――ユーザーはどこで競い合っているんですか。
 何となく雰囲気ですね。「俺はコロニー内の人口が一番だし」とか、「俺は一番お金を持っているし」「地域でよく慕われているし」みたいなものがヒーローになる。

 ただ、コロプラは競争要素を一切なくしているんです。ランキングすらなくて、それは狙ってやっています。楽しみ方をそこに縛り付けてしまうので良くないなと思って、あえて外しました。

――ビジネス面についても教えてください。
 現在はユーザーからの寄付、ECサイトのアフィリエイト広告、モバイルサイトなどに登録させるアフィリエイト広告の3つが収益源になっています。あとは、スポンサー契約をしてゲーム内のお土産アイテムを追加するという試みをしているところです。ただ、これだけでは1カ月1億円売り上げるのが精いっぱいという予測も持っています。

 なので、もっと幅を広げて、位置と連動した広告を提供していきたいと思っています。企業目標として「人が動くと日本が元気になる」――人が動くとそこに消費が生まれて地域も潤うし、行った人も楽しい。コロプラはその動機づけになればいいかなと思っています。それで、その地域活性にかかわる部分で「われわれにも少し下さい」という形で収益を上げていければいいなと思っています。

――現時点ではどの収益が一番大きいですか。
 われわれは「投げ銭」と呼んでいるんですが、ユーザーからの寄付の割合がほとんどです。広告の収入は電気代や家賃代くらいにしかなっていないです(苦笑)。

 ただ、投げ銭を増やすためにはユーザーに本当に喜んでもらわないといけないので、より楽しく、より熱中していただけるものをいかに早く出して、満足してもらうかが重要だと思っています。

――石田屋の日光甚五郎煎餅と組んだキャンペーンを3月から展開していましたね。
ゲーム内の限定アイテム「日光甚五郎煎餅」 創業101年という、素晴らしい老舗のお煎餅屋さんです。日光甚五郎煎餅というお煎餅をゲーム内のお土産アイテムとして追加して、店舗の半径1キロ以内でしか取得できないように設定しました。ユーザーには頑張って日光に行っていただく。お土産の画面にはクーポンが付いていて、これを見せればお店で実際にお煎餅がもらえます。また、コロプラユーザ様専用お得パックという、通常より安いお煎餅パックで、コロプラの特製シールが貼ってあるものも販売されました。これは先方の担当の方がコロプラを1年も使って下さっている熱烈なファンだったことから実現しました。

 お土産アイテムはほかのユーザーと交換するものなので、お煎餅の認知は間違いなく広がるんです。「日光といえば甚五郎煎餅」というのが、コロプラ上で広がりますし、実際にお煎餅を買って帰った人が地元で配れば、それも口コミにもなります。

 3月からの2カ月間で1000人以上のユーザーが石田屋本店を訪れました。実証実験的な部分もあったので、アイテムが無制限に買えてしまうなどの反省点はあるのですが、石田屋さんには非常にご満足いだけました。お店の方がとても親切だったということもあり、ユーザーからは「行ってよかった」という言葉しかなかったですね。

――6月8日には、石田屋を含む老舗4社と組んだ「スポンサーお土産」というサービスも始めました。
 老舗にこだわったわけではないのですが、ユーザーに紹介する以上、知られていないけれども良い物というのを選んで、趣旨に賛同していただいたのが4社だったということです。

 18時くらいまでしか空いていないにもかかわらず、3日間で200人くらいのユーザーが現地を訪れたそうです。今後は、現地でしか買えないような商品を扱っているところを中心に、200社くらいスポンサーが付けばと思っています。1年後から収益化していければいいなと。

――実際に店舗で買い物をしないと手に入らないプラスチックカード「コロカ」を配るそうですね。
 旅の思い出になるように、しっかりしたつくりのものにしました。コロカの右上には地図が書かれていて、どこに行ったかがわかるようになっています。

 同時に、サイト上でもどのコロカを手に入れたかが表示されるようになっているので、将来的にはこれを使ってゲームをするようなことがあってもいいかな、とは思っています。コロプラの世界観の中でできるといいですね。

――法人化の経緯も聞かせてください(編集部注:コロプラは2008年10月に設立)。馬場さんは一時期、グリーに勤務していたと聞きました。
 グリーでアイテム課金を軸とした無料ゲームを提供している中で、ハタと「俺ってこういうコンテンツを持ってなかったっけ」と思って、コロプラに「サイトに登録するとアイテムがもらえます」というアフィリエイトの仕組みを導入してみたんです。そうしたら割とすごい収入があって、「あれれ、俺のコンテンツはこんな力を持っていたんだ」と。

 それであれば、ちょっと頑張ってみようかなということで、グリーに勤務しながら一生懸命コロプラも運用していたんですが、さすがに、ユーザーから直接ではないにしろお金をいただいたので、ちゃんとしないといけないな、と。

 グリーで働いていたときには、例えば夜12時に帰ってきて、そこからメールサポートなどをして4時ぐらいに終わって、寝て、また朝起きて会社に行くという生活をずっと繰り返していたんですが、自分が頑張れば頑張るほどやっぱりサイトは盛り上がってくるんです。非常にいい循環になって、サイトの規模が大きくなってきたので、さすがにもう限界だ、ということになりました。

 グリーは大好きだったんですが、このままコロプラを会社に行きながら運用するのは無理だし、ユーザーにもすごく失礼だなと思ったので、2008年の半ばに退職して、しばらくは個人事業主として運営していました。1人でマンションを借りて、そこにサーバを置いて、朝から夜までつきっきりでやっていました。

 ただ、ユーザー数もどんどん伸びてきて、24時間かけても対応が終わらなくなってきたので、「もう会社をつくって、ちゃんと運用するサイトをつくらないとやっぱりユーザーに失礼だ」と思いました。収益もそれなりに上がっていたので、暮らしていくには問題がなかったんですが、法人化してちゃんと運用できる体制を作らないといけないと考え、2008年10月1日に会社を設立しました。

――会社としては、コロプラをどういうものにしていきたいと思っていますか。
 端的に言って、せっかく作ったのでいい会社にしたいなと思っています。じゃあ、いい会社って何ですかというと、いろいろ考えたんですが、3つあると思うんです。順番は決まっていて、1番目は使ってくれるユーザーが幸せになること。2番目が、それを生み出す従業員、我々が幸せになること。最後の3番目が、株主が幸せになること。これがいい会社の定義だなと思っていて、逆の順番ではありません。

 ユーザーが楽しくないと我々もハッピーにならない、我々がハッピーにならないと、株主さんも当然ハッピーになれない。当然、株主は収益を求めると思うのですが、この順番を間違えると企業って間違っていくんだろうなと思っていて、逆にこの順番が保たれて、この3つの条件を維持していれば、きっとそれはいい会社になると思います。

――上場についての考えは。
 今のところ、自己資金で回っているので、特別考えているわけではありません。状況次第だと思っています。

――将来の規模のイメージを教えてください。
 コロプラを大きくしたいですね。会社は別に大きくしたいわけではないですが、サービスが大きくなるに従って、従業員も必要になってくるだろうなと思っています。コロプラを知っている人がほとんどいないという現状から、最終的には日本全国の10分の1か5分の1の人がユーザーで、地域のコミュニティーがすごい発達していって、とりあえずコロプラをやっていれば1つの仮想世界に入れる。そしてゲームを楽しみつつ、実生活もより楽しくなるというのが最高の状態ですね。
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by masashirou | 2010-04-25 14:27  

非存在のデメリットから見つける自分探し

鬱から自宅から引きこもりで外出しなくなった子供や大人が増えています。おおくの原因が、本当の自分をが見つからない。何をしたら生き甲斐を感じるのかわからない。果たして本当の自分がなんなのかわからない。多くの人がまだ見えぬ本当の自分を探して悩んでいます。

老子はそんな人に優しく語りかけます。自分を存在のメリットから自分探しをするのはやめなさい。非存在のデメリットから自分を見つめてごらんなさい。

存在のメリットから自分の価値を見いだそうとすると、いつも頑張ってい無ければならないからくたびれてしまう。非存在のデメリットから自分を見てみよう。

君がいなければお母さんが悲しむよ。それだけで、君はかけがえのない人間なんだよ。なにも立派でなければ存在価値は無いわけでないんだ。

ただ、君がそこにいるだけで、君が存在するだけで喜ぶ人がいる。それはお母さんだよ。

お母さんを泣かせないために生きていようよ。

自分なんて、自分の目で見つけることなんか出来ないんだ。だって、自分の顔を自分で見た人はいないだろう。

自分が見た自分は全て鏡に映る映像やビデオ映像でしかない。本物のリアルな自分は生きている限り見えないんだ。自分は他人をとおしてしか見えないんだ。

人が君を見つけてくれるんだ。

他人の目を通してでしか君は自分を見つけることは出来ないんだ。幸福もそうなんだよ。幸福は人と人の間にしか存在できないんだ。自分ひとりじゃあ幸福になれないんだよ。

たった一人でも君がいなくなると本当に悲しんでくれる人がいる。それはお母さん。

それだけでもう十分すぎるくらい価値が有るんだと気がついて欲しい。
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by masashirou | 2010-04-24 23:55  

アバター

宇宙を認識する「我」「自我」という意識こそが根源的な存在です。

我々がこの世の物質宇宙の世界で幸福と感じる瞬間があります。それは他者が自分と繋がっていると思えた時です。我々がこの物質宇宙の世界に遊びに来た大きな理由は、他者との出会い、お互いが愛し合い、相互に助け合いそれを求めて、孤独を癒す為に、遙々遠い未来からやって来ているのです。いわば、人生は「壮大で偉大な暇つぶし」なのです。



3D映画「アバター」という映画が大ヒットしています。

映画「アバター」で描かれている仮想の世界も、3Dの画面で体験すると、情報宇宙のリアリティが物質宇宙のリアリティにかなり近いと体感できます。五感のうち、視覚、聴覚を刺激するのみですが、かなりのリアリティを体感できるのです。映画の内容は、22世紀、地球から遠く離れた惑星パンドラへとやってきた元海兵隊員ジェイクは、自らの分身となる“アバター”を操り、先住民ナヴィと交流するが、やがて鉱物資源を巡って勃発する人類とナヴィとの戦争に巻き込まれていきます。

惑星に眠る稀少鉱石を開発するアメリカ企業に雇われた海兵隊で両脚を損傷した若者が主人公の物語です。稀少金属鉱床の上に暮らすノビ族という3メートルの頑強な身体を持つ「人類」が生息しています。主人公は、DNAでノビ族と人間のDNAを合成したアバター肉体の中に、心、つまり、若者の情報を移動させるのです。彼のアバターを使い、ノビ族が鉱床の上から立ち退かせる命令を受けます。この場合、同じ次元での魂・情報の移動という設定です。


映画「アバター」の予告編です。




ですから肉体は二つこの世に存在します。そうした違いはありますが、我々の肉体も情報世界に存在する「心・情報」のアバターなのです。
まさに、物質宇宙に住む我々はアバターの主人公のように別世界、次元の異なる情報世界にいる「意識・心」が、物質宇宙の最もリアリティを感じられるDNAを駆使して製造した肉体の中に入り込み、この世に生きて無限の孤独を癒すために遊び、学んでいるのです。
神のいる情報宇宙は1人で1人の宇宙ですから、全てが自分の希望が全てかなう天国のような平穏な世界です。

次にこれも公開中の映画についてのお話です。ブルース・ウイルス主演の最新作映画「サロゲート」の描く世界についてお話します。それは、まさに、宇宙の仕組みを描いています。簡単に映画のストリーをご説明しましょう。




主人公のFBIの刑事は初老の捜査官であるが、サロゲートと呼ばれるロボットに自宅で脳をネットワークで繋いで仕事をしています。ロボットは事故にあっても、殺されても自宅の人間には危害が及ぶことがないのです。世界は人間で生きようとする人間で生きる自治区と区分されて運営されています。自治区以外の世界では、全員が自分の希望する代理ロボット若い理想の姿をした「サロゲート」を使用して、働き、生活をしている。人間は「自己の魂」として、希望するサロゲートを使い自宅の脳波動転送装置に寝ています。肌の色で差別されたり、見かけのルックスや身長などの肉体の若さや性別で差別されない平等で公平な世界です。

どちらの映画も意識と肉体が離れた場所からコントロールされている未来を描いています。「アバター」では、肉体は遺伝子操作で作製された肉体、「サロゲート」での肉体は金属やゴムで製作されたロボットです。これらの映画では、同じ次元の中で、アバターやロボットの「肉体」を使い人類が生きる世界を描いています。しかし、実際の宇宙では魂のいる影の宇宙、(あの世、情報宇宙、五次元世界)から自己という意識が、陽の世界、つまり、この世の肉体のアバターを使い、生活していますので、映画の描く世界とは少し異なりますが、コンセプトは同じです。

私は、将来人間は遺伝子操作で作られた肉体と金属や特殊なゴム素材で作られた臓器の混合された肉体をアバターとして使用すると思います。現在でもインプラントの歯は数千年も朽ちないほどの素材を使用しています。眼鏡やコンタクトレンズもロボットの機能を持った部品とも言えます。

私が、影の宇宙(あの世)と陽の宇宙(この世)の関係を類似したシステムで説明したいと考えたこのタイミングで、「アバター」や「サロゲート」のような映画が相次いで公開される事にシンクロ二ティを感じます。

とくに、左右の視差角度我異なる映像にシンクロして眼鏡のシャッターが反応する3D電子眼鏡を使い、長時間鑑賞する3D長編娯楽映画「アバター」は、人類が製作した映画の歴史の中で、わずかに、36日で、歴代一位の18億ドルの売上げを達成した作品です。まさに、バーチャル時代到来を予感させます。ちなみに、歴代の売上げ第一位の映画は同じ監督ジェームス・キャメロン監督の製作した「タイタニック」でした。ちなみにこの同じ売り上げを達成するのに1年6ヶ月の月日がを要しました。そのことから考えても、この映画が人類史上最大の興業成績を残す映画となることでしょう。人類の思想を変えるほどの映画は、既存の権力を保有する人たちには脅威となります。

いよいよアメリカでも映画「アバター」の上映禁止の動きが出てきた。
彼らの反対の理由は以下の通り。

反キリスト的である。アメリカの海兵隊に似た軍隊をを悪者として描いている。
神の命の木を敬う自然崇拝思想はキリスト信仰を否定する危険な思想である。

森の神々が宿ると信じていたドイツのゲルマン民族にキリスト教を布教させる時、キリスト教徒は神聖な森の木々を伐採して見せた。もし、森の神々がキリスト教のイエスより強いのならキリスト教徒に罰を与えるはずであるとゲルマン民族に語った。木々を切り倒し、森を消滅させたキリスト教徒は無事だった。ゲルマン民族は森の信仰を捨てた。ドイツ守護の聖人ボニファティウス(680年~754年)は8世紀にドイツ中央部のヘッセン地方全域のゲルマン人の信仰を集めていた御神木の巨大な樫の木を切り倒した英国生まれの宣教師です。カトリック教会にとって自然崇拝は敵なのです。

そんな記憶を呼び起こすとアメリカのキリスト教徒は反対したです。誠に愚かしい偏狭な考えのアメリカのキリスト原理主義者達です。ブッシュ大統領や彼らが世界第二位の石油生産を手にするためにイラク戦争や大麻の生産販売を手にするためにアフガン戦争、その戦争に大義を与える自作自演した911テロ事件を起こしたのも異教徒を根絶やしする偏狭な考えからです。

2010年のビッグサプライズとして、現在、アメリカの裁判所で、911テロ事件の遺族から訴訟されている911テロ事件の首謀者としてブッシュ元大統領は、オランダのハーグにある国際高等裁判所でも、大義無きイラク戦争の戦争犯罪人として裁かれるという話題がささやかれています。それほど、アメリカの国際的な信頼は経済も政治も失墜してしまいました。



中国も上映禁止の動きがありました。チベットやウイギル族の弾圧をイメージさせる反中国的映画だからです。先週から中国ではアバターの映画の一般公開が政府により大幅に縮小されました。
日本で公開中にぜひ、ご覧ください。私は2度見に行きました。


私は、次のような例え話しをします。

「地獄は様々な針や血の池などバラエティのある地獄絵が古来、描かれていますね。私たちは、天国の住人向けの「パッケージ地獄ツアー」に参加しているのです。皆さん、この世は「地獄」とよく言われるでしょう。この地球は、弱肉強食の原理が支配する地獄ゲームサイト(物理宇宙)なのです。地獄の中で、肉体(アバター)を駆使して愛しあったり、殺しあったりしながら最終ゴールをめざすのです。ゴールはもちろん、参加者全員で、地球を全ての生き物が助け合う、戦いのない平和な「天国」に創り上げて終わるのです。

我々が人間として誕生した目的は、自分が幸福になるため、そして、本当の幸福とは自分と同じように、他人が幸福と感じられる平和な理想の楽園を地球上に創造する事と気づく事なのです。そのために生きているのです。お金や名誉や地位を求めるために誕生したのでは無いのです。

ビックバンは、神々が「永遠の孤独と退屈」を癒す為に起こしたのです。

映画「マトリックス」の描く世界観のように、我々は宇宙コンピューターのサイバー空間に住む住人なのです。ですから、例え、戦争や病気やけがで死んでも「孤独」よりも楽しいから、また様々な精神状況を体験し、学ぶためにたくさんの神々がこの世で人間として誕生しているのです。

そう考えると、せっかく、遙か未来からこの世界に来たのであるから、地球を天国する素晴らしいゲームに参加しましょう。そして、ゲームですから、まず、リラックスして、生きることを楽しみましょう。

このような観点を持つと、全ての景色や動物や植物や、人間をみると、全ての物が愛おしく思えてきます。何で、君はそんなアバターを選んだの?とか、何で、ブルドッグのアバターで参加しているの?とか思えてくるのです。よくミミズを選んだねぇとかすべてのアバターの裏側にいる神さまたちに声をかけたくなるのです。「ミキシィ」の中で、自分の写真ヤイラストを「豚」にしたり、「花」にしたりしていますね。あれと類似しています。昔の日本人が石や木々や風や草などにも「仏や神」が宿ると信じているのは、正しかったのです。



「死」とはアバターを抜け出して、元の場所、神さまの宇宙に戻ることなのです。

やっと生きること死ぬ意味が分かりました。我々は宇宙の中にいます。その宇宙は各自が脳で作り出した世界です。1人1人が自分だけの宇宙の中にいるのです。自分が幸福になるためには、自分が幸福と思わない限り、なれないのです。自分が幸福の状態、つまり自分が自分であることに満足であるためには、老子は2500年前に次の言葉を残しています。「知足」。足るを知る。同じ時期にインドに誕生した仏陀は涅槃にはいる直前に説いたお経「仏遺教経」で、「吾唯足知」というこの言葉を残しました。同じ二つの言葉は、偉大な宇宙情報バンクから知恵からの最高のメッセージであると思います。

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by masashirou | 2010-04-21 14:24  

アバターと老子

映画「アバターと老荘思想」について

2009年11月10日、スイスにある欧州合同素粒子原子核研究機構ある巨大な地下100メートルに建設された全長27キロメートルの素粒子加速装置実験が開始された。質量を創出すると思われるヒッグス粒子を発見することを目標に、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を稼働しました。実験では、水素の原子核である陽子をほぼ光速まで加速させて衝突させ、そこから生じる膨大なエネルギーがから誕生する未知の素粒子であるヒッグス粒子とブラックホールや宇宙の96%を占めるというダークマター(未知の暗黒物質)を確認します。この実験は、ビッグバン直後を再現する状態をつくろうとする実験なのです。ハーバード大学の女性理論物理学者リサ・ランドロール博士が主張する「ワープした余剰次元理説」から導かれる5次元世界の存在が証明される実験とも期待されています。ヒッグス粒子はどこにでも存在するもの目には見えないため、「神の素粒子」と呼ばれている素粒子です。



膨大なエネルギーがヒッグス粒子に当たって抵抗が生じることにより質量が生じます。
27日、陽子同士の衝突実験は成功しました。予想されたエネルギーと陽子と反陽子が確認されましたと公式に発表されました。しかし、ある情報筋からは、予想された全くエネルギーが発生せず、発生した未知の素粒子が4次元世界からリサ・ランドロール博士が主張する5次元世界へ移動したとも伝わっています。我々が住む4次元世界と異なる高次元の世界が確認されたのです。

この実験がすべて、成功すると、宇宙誕生の謎が明らかになり、物質が生まれた謎が解明され、我々の知らない未知の次元の宇宙が証明されるのです。
2010年はいままで、人類の未知の世界が解明される第一歩の年になるでしょう。

私は自我と宇宙について次のように考えています。

自我の存在と宇宙のビッグバンの理由を説明しましょう。

宇宙を認識する「我」「自我」という意識こそが根源的な存在なのです。そして、ビックバンは、神々の意識が「永遠の孤独と退屈」を癒す為に起こしたのです。


これは、2500年前に、西遊記で有名な玄奘三蔵法師がインドから中国へ伝えた華厳経の唯心経ですでに語られています。

宇宙と自我は、全てが八つの識が作り出すイリュージョンなのです。
五つの意識、いわゆる五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)が作用して、六つ目の意識、「自我」という「肉体と心」があるという意識が創造されます。

さらに、その六つの意識の下に埋もれている潜在意識が二つあります。
ひとつは、未那識(まなしき):睡眠中だけ無くなるが、目覚めると再び現れる自我に固執する無意識の自我。

最後に阿頼耶識(あらやしき):自己や他者や宇宙などを生み出す根源的な全ての識が混在する「空」の無意識。
宇宙の根源的な集合意識です。宇宙に存在する意識のネットワ-クシステムです。また、人類の集合意識そのものです。仏教ではこれを「無量寿光」、同じ時代の中国や古代ギリシャで、老子はこれを「道」と名付け、哲学者プラトンは、のアニマ・ムンディ(宇宙魂)とよびます。近代の欧州の精神科学でいえば、ユング博士の言う集合的無意識です。最近では、「宇宙図書館」や「宇宙神素」と言う人たちもいます。


これらの八つの識が宇宙の全てを生み出しているのです。

最新の脳機能科学や、認知科学、宇宙物理学量子力学の進歩で、お釈迦様のこの難解な唯識哲学の正しさが解明されようとされています。

宇宙とは自分の脳の中に有ります。脳が宇宙を創造するのです。

「自我」とはなんでしょう。

将来、人間の臓器のほとんどのパーツが人工物で置き換えられた時、人間は自我をどのように定義するのでしょうか?
それは、「脳」です。
では、脳のある部位が損傷を受けて、人工的な記憶マイクロチップに置き換えられて、ついには、99.9%人工物の脳が完成した時はどうでしょうか?
それでも、「自我」は存在するはずです。
では、100%の人工頭脳と100%の臓器を完備する人工の身体が「自我」持った場合はどうでしょうか?
答えは、「自我」と言う情報がある限り、例え全てが人工的に製作されたとしても、人間だと言えるでしょう。
つまり、個人という認識する「情報」がある限り、「自我」は存在するのです。

「脳のなかの自我の個人情報」が「自我」なのです。

その脳という物質の作り出す思念ネットワークシステムの情報が「宇宙」を創造しているのです。

日本人の脳機能科学者、苫米地英人博士が、宇宙に人工衛星を打ち上げて、宇宙空間に人間の脳に類似した脳のネットワークシステムを創る計画をアメリカ軍に提案したそうです。
それが完成したら、宇宙規模の脳が完成し、強大な自我が天空に浮かび上がる事になります。まさに宇宙と脳が一体化する「梵天即我」です。

お釈迦様が語った「梵天即我」とは、その事なのです。
脳が宇宙のすべてを創造するのです。

最新の遺伝子工学の進歩で、60兆の人間の細胞の一つ一つの中に、全体情報が包有されていることが明らかにされました。全体とは部分。どんな小さい素粒子の世界でも宇宙の全体情報を包有しているのです。

1)陰:完全なる秩序が支配する目に見える精神性のないひとつ物質宇宙、銀行システムで例えれば、銀行カードで何も記憶されていないプラスティックのカードです。
2)陽:自由で混沌が支配する目に見えない無限の波動の広がりを持つ宇宙意識を持つひとつの波動宇宙、銀行システムで例えれば、多くの顧客の個人情報やそれぞれのお金の出し入れや残高金額の数字が記憶されている巨大サーバーです。
3)陰の陽:顕在的で五感から生み出される脳が作り出す自我(意識、心)がアバターである肉体と重なり合い存在する宇宙、銀行システムで例えると、個人の番号と個人の残高やお金の出し入れ記録が記録されている銀行カードです。人間の死は、カードの消耗により、磁気記録が読み取れなくなった状態です。
4)陽の陰;潜在的で固有の波動を保有する無意識の自我(魂、真我、ハイヤーセルフ)が幽体と重なり合い存在する宇宙。銀行システムで例えると、サーバーに登録されている個人情報と個人の銀行口座番号の情報です。3)の宇宙で銀行カードの時期記録が破壊されても、サーバーに参照して、銀行に信用してもらえれば、新しい銀行カードが発行してもらえます。



まず、1)と2)の宇宙はお互いにプラスとマイナスの電荷を持つ物質と反物質ために、また、時間のベクトルも真逆である為に、対生成と対消滅を繰り返す「空」の状態です。

真逆の性質をもつ1)と2)の宇宙は、ひとつの宇宙世界を創出しました。孤独であるひとつの宇宙世界から抜け出すために、非対称宇宙である二つの宇宙を協力して創造したのです。

それが3)と4)の宇宙です。

こうして、物質がわずかに多い3)の宇宙と反物質がわずかに多い4)の宇宙が誕生しました。


4)の宇宙の固有の波動で分離され、幽体に固定された魂がより高次元の高い波動に移行するためには、3)の宇宙のアバター、肉体を持った宇宙での修行を通して自他の一致の絶対愛と共存、互譲互助を学ぶ事が出来るのです。銀行システムで例えれば、銀行カードでお金を引き出して好きな人にプレゼントをしたり、自分の好きなものの買い物や貯金など出来るのです。

3)の宇宙に住む私たちは、肉体が滅びると完全に消滅すると考えていますが、魂は永遠に存在するのです。

永遠と言いましたが、その永遠も修行が終わり、光の波動レベルまで到達すると、ひとつの宇宙である1)と2)の宇宙が混在する釈迦の説く「空」、老子の説く「道」の宇宙に入り、完全に自我が無くなります。自他一如の世界へ入ります。
宇宙を構成する基本の数字は4です。太極図の紋様にあるように、陰と陽、陽の陰、陰の陽の4つが宇宙を表す数字です。

私が目にした限りでは、あの世とこの世と2つの宇宙や3つの宇宙の事を解説した書物はありますが、4つの宇宙について言及しているのははじめての概念と思います。

宇宙は4つの要素から出来ています。それは、太極図が陰と陽と陰の陽と、陽の陰の4つから出来ていることから推定できます。

我々は4次元世界に住んでいます。線、面、立体と時間の4次元世界です。
宇宙の力は電磁力、重力、小さい力、大きい力の4つ力で構成されています。
遺伝子はたった4つの塩基文字(ATCG)によりヒトの設計情報を創っている。A:アトミン。T:チミン。C:シトミン。G:グアニンの4つの塩基文字。AとT.CとG.がお互いに組み合わされ、2つの対をつくります。つまり、遺伝子構造は4つの文字。それぞれ2個、組み合わされ、それが新しい2つの対を創り、螺旋状に組み合わせられると、よりさまざまな生物が作られるのです。

植物は種が成長して、芽をだします。そして、花を咲かせ、実を実らせる4つの経過をたどります。方向は前後左右。また、東西南北。季節は冬春夏秋。人生も幼年期、青春期、壮年期、老年期。性別も2つに見えますが、実は4つあるのです。女、お鍋、お釜、男。お釈迦様はこの世の苦しみは4つあると語りました。生きる苦しみ、病気の苦しみ、老いる苦しみ、死ぬ苦しみ。
水の状態も氷、氷点、融点、水蒸気。時間も過去、現在、未来と3つに見えますが、現在の時間は未来が現在になりつつある点、時間が現在から過去へなりつつある点と考えると4つに区分されます。
4つに見える区分けも中間の2つは対立する概念の混合状態と思うと、統合されて1つになります。従いまして4から3になります。また、統合された中間の2つが隣接する隣の概念にとけ込むと2つになります。そして、2つに見える概念も大きくみると、1つになるのです。
宇宙に存在するものは、
また、4が3になり、3が2になり、1になるのです。それは一周期が過ぎると、逆に1が2になり、3から4になるのです。

宇宙は物質宇宙(陽の宇宙)と情報宇宙(陰の宇宙)で構成されています。物質宇宙は情報宇宙の全く真逆に変形した場といえます。
物質宇宙(陽の宇宙)は過去から未来へ時間が流れています。
情報宇宙(陰の宇宙)では時間が未来から過去へ流れています。

宇宙の宇は空間、宙は時間、宇宙とは空間と時間で創られている。

太極図の「陰」の世界が形の無い波動の世界、「無」の世界、情報宇宙の空間。
「陰の陽」が未来から過去へ流れる時間。

「陽」の世界が、形がある「有」の世界、物質宇宙の空間。
「陽の陰」が過去から未来へ流れる時間

この二つの宇宙は相対的な関係にある。相互補助の関係。二つの宇宙が融合してひとつになると、「空」の世界となる。

時間が未来から過去に流れるという教えは古代インドの仏教の教典(部派仏教・アビダルマ哲学)にも書かれています。しかし、西洋的な、原因と結果により実証する科学的観点では、絶対に「原因」が未来に有り、「結果」が過去にあるという考えは出来ません。しかし、東洋思想では、自由に未来と過去を逆転させる事が出来るのです。
未来にある「原因」が、過去にある「結果」を創りだすのです。この事を素直に理解出来る方は少ないと思います。それは、当然です。我々は、誕生以来、過去から未来へ流れる時のベクトルに慣れているからです。

量子的宇宙論で知られる英国ケンブリッジ大学の車椅子の天才物理学者ホーキンス博士も、「宇宙は今膨張を続けているが、将来のある時点で最大膨張に達する。そうすると宇宙は収縮を始める可能性がある。宇宙の膨張期には時間は過去から未来へと流れるが、収縮期に入ると未来から過去へと時間が流れる、つまり時間の逆流が起こるだろう。」と、言っています。収縮期には、物理宇宙もの時間も未来から過去へ流れる可能性もありそうです。その時には、情報宇宙の時間は当然、過去から未来へ流れると思います。最新の量子力学では、陽子の持つ時間ベクトルは過去から未来へ流れ、電子の世界では、時間ベクトルは未来から過去へと流れると説明しています。

お釈迦様も「因果応報」という言葉を残されています。しかし、「因果応報」という言葉と「時空観:時間は全てが相対的な働きをして、あるとも無いとも言えない空である」を組み合わせないと、お釈迦様の言葉の本当の意味を理解することが出来ません。「因果応報」の原理は、「有とも無」とも解釈される時間では、方向が真逆でも成立するのです。

東洋の概念は、時間の流れは周期的に陽と陰に変化しそれを繰り返す、生命体の栄枯盛衰を支配する生命的な質的変化を根本とした時間であります。老子の「陰陽思想」の哲学と深いところで結びついています。

私はこれを理解していただく為に次の二つのお話をします。
今は結婚出来ない男と女の割合が多くなっています。これは、未来に「原因」があるのです。これらの男女に共通しているのは、この人と一緒に暮らして幸福な人生になるという未来のイメージが、情報宇宙の「リアリティ」として実感できないのです。
ですから、「未来」から見ると、「過去」である「現在」において、結婚に踏み出す事に躊躇し、結婚をなかなか決意が出来ないのです。未来の情報宇宙の「原因」が、過去である「現在」の「結果」を生み出しているのです。
もうひとつの例。ある作家が、過去に経験した様々な苦労を題材にした私小説を発表しました。その本がベストセラーとなり、名誉と文学界での地位と、莫大な富を得て、その後、幸福な人生を手に入れました。「私は幸福です」と記者会見した途端、彼女の脳の中で、様々な苦労と思えたオセロゲームゲーム盤上で覆っていた不幸の黒い駒が、みるみるうちに幸福の白い駒に変わっていったのです。
「未来」の言葉が「過去」の事象のイメージを「結果」として、変えたのです。情報宇宙の中では、今、あなたの脳のなかの認識の変化が「結果」として、「過去」を変える事ができるのです。
プラス思考法や小田全宏さんの提唱する陽転思考法などのプラスイメージを描いて行動すると成功すると良く言われています。
これらの主張は、情報宇宙での時間が逆行する事を使った方法なのです。
「未来」の情報宇宙空間に、強いクオリア(現実感覚質)を持つ成功のイメージを「原因」として創り上げた瞬間に、「過去」である「現在」にその「結果」が出現するのです。
これは、脳機能科学者、苫米地英人博士が提唱している時間の逆向きベクトルを使う成功のビジネス必勝法です。

老子は今、現在の自分を「これでいいんだ。俺の人生、いろいろあったけど、十分楽しんだ」と「知足」と「無用の用」を感じ「自己の人生を肯定した瞬間に「過去:苦労ばかりの人生」と思っていた人生が「過去:素晴らしい人生」に変わると教えています。

ギリシャ神話「シーシュポス」の主人公の男は神から未来永劫、大きな岩を高い山に運ぶ運命を言いつけられます。フランスのノーベル文学賞のアルベール・カミューは、彼を題材にした小説「シーシュポスの神話」の中で、「彼は山から転げ落ちる岩を見ながら、自分の運命を客観的に自分の不幸な運命を見る視点を得た時、彼は幸福を感じたに違いない」と書いている。

情報宇宙では、次元をあげる事が物質宇宙より簡単に可能です。より抽象度の高い多層階的に上位の情報の場を持つことで、閉塞していた思考の壁をいとも簡単に打ち破る事が出来るのです。

同じ状況でも情報宇宙では、思考方法の変化だけで、全く異なる視野が見えてくるのです。水が半分入ったガラスのコップを見て、ある人は「もう半分しか入っていない」。もう1人の人は「まだ半分も入っている」と考えるとします。砂漠に墜落し遭難したパイロットが生存する可能性の多いのは、後者の思考法を持ったパイロットである。そんなお話をNASAの関係者からお聞きしたことがあります。


現在の地球では、個人が動画映像を投稿できるユーチューブや、個人のブログサイト、個人のホームページ、「ミキシィ」などのソシアル・ネット・ワークや携帯電話でのメール、多チャンネル化デジタルテレビシムステムなどの情報の発表の情報空間の激増で、世界中の情報量が72時間で2倍になるという異常なスピードで増加しています。500年の間、西洋で作られた唯物思想的科学主義、実証主義が支配する歴史の中で、隅っこに追いやられた情報宇宙(陰の宇宙)の見えないものたちの揺り戻しが始まったのです。数十年前、貨幣が金から離れて「信用」「約束」という目に見えない規準を基盤とする貨幣経済に移行しました。サブプライムの金融危機は物から離れた目に見えない「信用」をベースにするお金が膨張してしまったのです。社会も情報という目に見えない物が一番価値をもつ情報社会に変貌しています。
日常生活もテレビ、インターネットやパソコンゲームなどの情報宇宙の影響が強い日常に変貌しました。量子力学や脳科学の発展は、我々に、現実として体感できていると思っていた物質宇宙(陽の宇宙)のリアリティも、五感を通じて、自分の脳が描いたバーチャルな幻想にすぎないと解明しました。物質宇宙(陽の宇宙)と情報宇宙(陰の宇宙)の融合が始まっています。


人間が生きるというのは、この物質宇宙(陽の宇宙)と情報宇宙(陰の宇宙)が相対して、過去へ向かうベクトルと未来へ向かうベクトルが交差する「現在」という点を生きると言うことなのです。

日本人は、この存在のふたつのシステムを直感的に熟知しています。ですから、日本人は昔から死を次のように考えています。

「人間は二度死ぬんだよ。最初の死は、肉体の死。二度目の死は、家族や生者がその人の事を語らなくなった時なんだ。初めの死は物理宇宙世界での死だ。二番目の死は、情報宇宙での死なんだ。人類や民族のために、利他の心で生きた英雄や偉人と呼ばれる人間たちは、その偉業により、永遠の命を得るんだ。肉体は滅びても、偉人の生き様や志や精神は情報宇宙の中で、命は生き続けるんだよ。古来から、日本人が先祖供養する伝統を続けるのはそういう意味があるんだ・・・」

太極図の「陰の陽、陽の陰」の状態を生きると言うのです。つまり、肉体と精神の不思議な混沌と秩序の融合した道を歩むことなのです。

お釈迦様は、宇宙は「無始無終」であると言われています。ビッグバンは物質宇宙の観点から見れば、「原因」、つまり、始まり。しかし、情報宇宙の観点から見れば、「結果」つまり、終わりであるからです。始まりと終わりは同じものなのです。
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by masashirou | 2010-04-21 14:04  

アバターと老子

2500年前に、お釈迦様が語った「時空観」とは、時間とは空である。有るとも無いとも言えない。時間の流れが相対的に、真逆に流れているので、有るとも無いとも言えないのです。

物質宇宙(陽の宇宙)とでは全てが時間と共に、乱雑となり、エントロピー(秩序ある形が乱雑に無秩序になる度合いを示す概念)は増大していき、物質宇宙(陽の宇宙)は膨張し続けていきます。例えば、整然と整理された部屋が散らかされていくように、また、綺麗に整えられた庭園が雑草で覆われるように、やがてバラバラに崩壊していきます。

しかし、情報宇宙(陰の宇宙)はでは時間と共に未来から過去に向けて、エントロピー(秩序が無秩序に変化し、乱雑になる割合を表す概念)が膨張し続けます。たとえば、誕生したばかりの赤ん坊は無限の可能性が有る状態、つまりエントロピーが最大の状態で生まれ、人生の時間の経過と共に、この人間はこんな人ですと集約されたひとつの情報にまとまる。つまり、情報のエントロピーが最小になるのです。

未来の情報宇宙(陰の宇宙)の初めは脳が作り出すひとつの心そのものです。この状態が、最少のエントロピーの状態である。最小の情報の状態、この状態をお釈迦様は「空」と、老子は「道」と名付けました。ここでは、物質と情報(心・波動)が混沌の状態で揺らめいています。とても平和で、平穏な世界です。これがビッグバンを引き起こす「原因」となるのです。

このひとつの脳が作る自己完結の世界の情報宇宙(陰の宇宙)では、全てが神である脳が欲するまま全てが思念する通りに実現する。
この場では各神々がそれぞれの宇宙の中にいて相互に無関係の世界の中にいます。
いわゆる多元的宇宙の世界です。この神の状態で膨大な情報を持つ神、高貴な情報を持つ精神レベルの高い神から情報の少ない精神レベルの低い無数の宇宙が同時に存在します。それらが、相互に無関係で存在しているのです。

この世でも厳密には同じ事なのです。同じ宇宙を見ていると人間は錯覚しています。実際は、各自の見ている宇宙は全て異なっている仮想世界なのです。1人1人が自分の宇宙空間を脳がイメージしているのです。動物の中には動いている物だけしか見えない動物が存在します。他者が動いていない時はその動物にとって他者は存在しないのです。宇宙はそれぞれ全てが異なっているのです。自分という存在、他者という存在も全て、五感(触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚)というセンサーで脳内に創造された幻影(クオリア・現実感覚質)なのです。
バーチャルゲームでは、すでに、物があることを強く脳内にイメージさせる触覚を感じさせる装置が開発されています。また、映像に合わせて、椅子に揺られながら臭いや風を吹き出る3D映画アトラクション装置も開発されています。進化した五感を完全に満足させた3D映画を見た人間はその映像を「体験」したと認識する時代が近い将来実現するでしょう。その時に物質宇宙の世界での現実と情報世界での現実のクオリアの差はほとんど無くなるでしょう。


話を、情報宇宙の最初の段階のお話に戻りましょう。
全てが思い通りに自我だけの他者がいない世界にいる神は、いつしか、孤独を感じはじめたのです。この気持ちは人間の気持ちに置き換えると、容易にお解りになると思います。無人島に流れ着いた人の気持ちを思い浮かべてください。いつも、1人で他の宇宙との関わりのない平穏の世界に飽きた「心、神々」は、刺激のある、また様々な「心・神」と交流し、様々な精神状態を体験し、学べる、つまり、他の宇宙との関係性(縁)を希望したのです。この切ない「孤独から脱出したいというせつない希望」が「原因」となって壮大な実験が行われたのです。
それが、137億万年前に、起きたビッグバンなのです。神々が物質宇宙(陽の宇宙)を作るために、協力して、宇宙ビッグバンをおこしたのです。その瞬間、物質と反物質が発生しました。しかし、そのままですと、お互いに作用し合い、直ちに、「空」の状態に消滅します。
ちなみに、昨年ノーベル物理学賞を受賞した、日本人、小川誠博士と益川敏英博士の理論は、現在の宇宙で物質が反物質よりもわずかに多いことを説明する上で非常に重要基礎理論です。
その時、神々は反物質を少しだけ別の次元の5次元世界に隔離し、ここ世を非対称にしたのです。こうして、神々が自分の宇宙から飛び出して、物質と反物質(情報・心)とがインターフェイス、交流が出来る4次元の物質宇宙(陽の宇宙)を神々の「プレイランド・遊び場、学びの場」が誕生したのです。

聖書の中に、「神々が神々に似せて人間を創った」とい記載が、旧約聖書にあります。神々という複数の名前で記載されているのはそのせいかもしれません。様々な神が物質宇宙の惑星に、様々な生き物のアバターをつくりました。

木々になったり、岩になったり、風や雲や水や昆虫や犬や牛や猫などのアバターを創りました。コンピューターゲームの初期段階の主人公がピンポン球だった頃を思い浮かべてください。進化したゲームの主人公が、人間の姿をして、自分だけの名前を持ち、コンピューター上のサイバー空間で戦い、助け合いながらゴールを目指す最新のゲームを思い浮かべてください。まさに、それに類似しています。人間の進化の方向性は神々の世界を模倣しているのです。


わかりやすく例で言えば、ソシアル・ネット・ワーク「ミッキシー」サイトが4次元の宇宙といえます。初めは自分のパソコンでインターネットに接続せず1人でブログを書いて満足していた若者が、自分の独りよがりの世界に退屈し、飽きたのです。そこで、「ミキシー」サイトに「名前をもらい」登録して、他者と交流を始めた事に類似しています。
「ミキシィ」を始めた若者が、一日のほとんどの時間をパソコンの前で過ごす状態に陥ります。多くの子供達が、コンピューターゲームの中で過ごす時間も拡大しています。現代人は物質宇宙よりも情報宇宙で過ごす時間が増大していると言えるのです。神々は137億年前からほとんど、物質宇宙でほとんどの時間を過ごしています。先ほど述べたように、人類も潜在意識の命ずるまま神々の模倣を志向しているのです。

小林秀雄が川端康成に語った言葉に、「人間は生きている限り、人間になれない。死んで初めて人間になる」という言葉があります。まさに、死ぬとこの4次元世界の物質宇宙から抜け出して、未来の次元の高い自分に戻るのです。ひとつの宇宙の支配者、「神」に戻ります。本当の人間とは「神」です。死んで「神さま」や「仏さま」になると日本人が考えるのはその意味で正しいのです。

情報宇宙(陰の宇宙)では、心・脳がイメージを描くだけで情報宇宙が思念の数だけ生成します。その情報宇宙の現実は、物質宇宙(陽の宇宙)と、タイムキーが違う為に、リアリティとして感じられないのです。情報宇宙ではリアリティの有る現実として存在します。
だから、お釈迦様の言葉に「一念三千」という言葉があります。現在の一念(思い)の中に、未来と過去の全てが含有されている。人間の心は十界(仏、菩薩、天、声聞、縁覚、人、修羅、餓鬼、地獄、畜生)の状態を瞬時に変化する。それぞれの十界は十界を包有している。合計千界の変化をしている。それが現在、過去、未来の世界にそれぞれあるので、心には三千世界があるという教え。つまり、現在の強い思いが未来、過去、さえ変えてしまうという。

強く願い、思念する事で、物質宇宙にも影響や変化を与えることが出来るのです。日本人が「言霊」や「怨霊」を信じるのはこれを経験した民族の物語や先祖の言い伝えによるものです。

面白いことに、物質宇宙の世界でも素粒子レベルになると、情報宇宙と物質宇宙がアトランダムに変化します。

物質宇宙の世界の全てのリアリティも、脳が生み出す脳内の仮想イメージでしかないのです。
宇宙や物質も、全てのものが光の反射を脳が感じて、それも、限られた周波数の範囲内の波動を駆使して、脳内世界で描かれた仮想イメージでしかないのです。

宇宙を認識する「我」「自我」という意識こそが根源的な存在です。

我々がこの世の物質宇宙の世界で幸福と感じる瞬間があります。それは他者が自分と繋がっていると思えた時です。我々がこの物質宇宙の世界に遊びに来た大きな理由は、他者との出会い、お互いが愛し合い、相互に助け合いそれを求めて、孤独を癒す為に、遙々遠い未来からやって来ているのです。いわば、人生は「壮大で偉大な暇つぶし」なのです。

3D映画「アバター」という映画が大ヒットしています。仮想の世界が3Dの画面で体験すると、情報宇宙のリアリティが物質宇宙のリアリティにかなり近いと体感できます。五感のうち、視覚、聴覚を刺激するのみですが、かなりのリアリティを体感できるのです。映画の内容は、パンドラという惑星に眠る稀少鉱石を開発するアメリカ企業に雇われた海兵隊で両脚を損傷した若者が主人公の物語です。稀少金属鉱床の上に暮らすノビ族という3メートルの頑強な身体を持つ「人類」が生息しています。主人公は、DNAでノビ族と人間のDNAを合成したアバター肉体の中に、心、つまり、若者の情報を移動させるのです。彼のアバターを使い、ノビ族が鉱床の上から立ち退かせる命令を受けます。この場合、同じ次元での魂・情報の移動という設定です。
ですから肉体は二つこの世に存在します。そうした違いはありますが、我々の肉体も情報世界に存在する「心・情報」のアバターなのです。中国やアメリカでも映画「アバター」の上映禁止の動きが出てきています。中国はウイグル地区やチベット地区の民族弾圧をイメージさせるという理由から。アメリカは反キリスト的であるという理由から。彼らの反対の理由は、アメリカの海兵隊に似た軍隊を悪者として描いているのが許せないという理由です。また、映画の中で出てくる神の命の木を敬う自然崇拝思想はキリスト信仰を否定する危険な思想なのです。かつて、欧州におけるキリスト教の布教する時、
森の神々が宿ると信じていたドイツのゲルマン民族にキリスト教徒は神聖な森の木々を伐採して見せました。もし、森の神々がキリスト教のイエスより強いのならキリスト教徒に罰を与えるはずであるとゲルマン民族に語りました。次々と神聖な森の木々を切り倒しました。神聖な森を消滅させたキリスト教徒は神から何も罰されませんでした。ゲルマン民族は森の信仰を捨てました。そんな記憶を呼び起こすとアメリカのキリスト教徒は反対したのです。誠に愚かしいアメリカのキリスト原理主義者達です。ブッシュ大統領や彼らが世界第二位の石油生産を手にするためにイラク戦争や大麻の生産販売を手にするためにアフガン戦争、その戦争に大義を与える自作自演した9/11を起こした陰謀が映画「アバター」から読み取れル事を危惧したのです。

まさに、物質宇宙に住む我々はアバターの主人公のように別世界、次元の異なる情報世界にいる「意識・心」が、物質宇宙の最もリアリティを感じられるDNAを駆使して製造した肉体の中に入り込み、この世に生きて無限の孤独を癒すために遊び、学んでいるのです。
神のいる情報宇宙は1人で1人の宇宙ですから、全てが自分の希望が全てかなう天国のような平穏な世界です。
私は、次のような例え話しをします。
「地獄は様々な針や血の池などバラエティのある地獄絵が古来、描かれていますね。私たちは、天国の住人向けの「パッケージ地獄ツアー」に参加しているのです。皆さん、この世は「地獄」とよく言われるでしょう。この地球は、弱肉強食の原理が支配する地獄ゲームサイト(物理宇宙)なのです。地獄の中で、肉体(アバター)を駆使して愛しあったり、殺しあったりしながら最終ゴールをめざすのです。ゴールはもちろん、参加者全員で、地球を全ての生き物が助け合う、戦いのない平和な「天国」に創り上げて終わるのです。

我々が人間として誕生した目的は、自分が幸福になるため、そして、本当の幸福とは自分と同じように、他人が幸福と感じられる平和な理想の楽園を地球上に創造する事と気づく事なのです。そのために生きているのです。お金や名誉や地位を求めるために誕生したのでは無いのです。

ビックバンは、神々が「永遠の孤独と退屈」を癒す為に起こしたのです。

映画「マトリックス」の描く世界観のように、我々は宇宙コンピューターのサイバー空間に住む住人なのです。ですから、例え、戦争や病気やけがで死んでも「孤独」よりも楽しいから、また様々な精神状況を体験し、学ぶためにたくさんの神々がこの世で人間として誕生しているのです。

そう考えると、せっかく、遙か未来からこの世界に来たのであるから、地球を天国する素晴らしいゲームに参加しましょう。そして、ゲームですから、まず、リラックスして、生きることを楽しみましょう。

このような観点を持つと、全ての景色や動物や植物や、人間をみると、全ての物が愛おしく思えてきます。何で、君はそんなアバターを選んだの?とか、何で、ブルドッグのアバターで参加しているの?とか思えてくるのです。よくミミズを選んだねぇとかすべてのアバターの裏側にいる神さまたちに声をかけたくなるのです。「ミキシィ」の中で、自分の写真ヤイラストを「豚」にしたり、「花」にしたりしていますね。あれと類似しています。昔の日本人が石や木々や風や草などにも「仏や神」が宿ると信じているのは、正しかったのです。



「死」とはアバターを抜け出して、元の場所、神さまの宇宙に戻ることなのです。

やっと生きること死ぬ意味が分かりました。我々は宇宙の中にいます。その宇宙は各自が脳で作り出した世界です。1人1人が自分だけの宇宙の中にいるのです。自分が幸福になるためには、自分が幸福と思わない限り、なれないのです。自分が幸福の状態、つまり自分が自分であることに満足であるためには、老子は2500年前に次の言葉を残しています。「知足」。足るを知る。この言葉は偉大な知恵からのメッセージであると思います。映画「ラブリーボーン」という映画が上映されている。ラブリーボーン
この映画は、アバターである肉体から魂が恨みややり残した事の為に、あの世とこの世の間にさまよう少女の物語である。天国への中間点にある世界が見事に映像化されていることで評判の映画である。浮遊霊になってしまった少女は自分を殺害した近隣の男を父や妹に告げるためにあの世に向かう扉を開けることが出来ない。それと初恋のボーイフレンドの少年とのファーストキスをしたい願いから彷徨う浮遊霊となり苦しんでいる。最近、あの世の事ばかり考えていたので、映画を見ていると息苦しくなって、席を立とうと思ったくらいくらい悲しい映画である。昔のハリウッド映画なら勧善懲悪で、犯人は厳しい罰で死んでしまうストーリー、たとえば「ニューヨークのゴースト」のように、ところが、この映画は、最近の霊のシステム解釈に従い、脚本が作られているので、浮遊霊の少女の活躍は犯人に風を吹きかけるくらいの仕返ししかできない。肉体から離れた幽体の限界を悲しいまでに描き出している。その結果、エンディングは、なかなか許し難い結末になっている。とにかくあの世は美しく平和な恨みのない世界であると描かれている。死んでしまうとバーチャルの世界のこの世の事は全て、許しの対象になる。その通りと最近あの世の仕組みを研究していると左脳では理解しているが、右脳では、犯人が警察にも捕まらないので後味が良くない。映画には霊を見ることが出来少女が登場する。見えないものを見ることが出来る人間もいると思いますが、映画館の席は多くの浮遊霊がたくさん、ただで見に来ているかのように、身体が異様な痛みと寒気を覚えたのです。映画の後で、気持ちが悪くなり、近くの九州伊勢神宮に立ち寄り、陰気な気をお払いにお参りをしました。考えてみると、生きている限り、死なないのです。
あまり、死後のなど真剣に考えないで、生きてい人生の一日一日を楽しんで生きることに専念した方がいいと改めて、気がつきました。全てがわかるという事は不可能です。鏡の部屋の疑問が解決したら新しい疑問が沸いてきます。あの世とこの世のシステムは次第にわかってきましたが、理由は解明されてもどうして陰の宇宙と陽の宇宙があるのか?いう根源的な存在論は永遠の謎であり続けるのです。それはお釈迦様や老子様でもわからなかった謎だったのです・・・。
最後に、あの世について解明が進んでいるお話をしましょう。
2008年度の世界に最も影響を与える百人に選ばれた二人のアメリカの女性科学者がぃます。一人はハーバード大学の物理学者のリサランドール博士で、彼女はあの世つまり、五次元世界の存在を数式表す方程式を発表しました。彼女の方程式を証明する為にスイスの山奥で世界中の科学者が集まり巨大な素粒子加速装置を使い実証実験が行われています。今年中に実験結果がでます。

もう一人は歌う脳機能学者として有名なシル・ボルト・テイラー博士です。彼女は今年、「奇蹟の脳」という世界的ベストセラーの本を出しました。彼女は八年間の間あの世の世界の映し出す右脳が描く魂の目から地上世界を過ごす体験しました。その八年間の不思議な闘病体験を本に書きました。彼女は脳卒中で左脳の機能が停止しました。彼女もハーバード大学の脳機能学者でしたが、自ら右脳が描き出すあの世の世界から見たこの世のエゴと孤独と不安と争いに満ちた左脳が描き出す世界を克明に分析しながら右脳と左脳の役割をベットの上でただ一人、研究を続けます。左脳の回復する治療を受けながら、とうとう八年後、見事に完治して脳機能学者として復帰します。右脳の世界では宇宙意識とひとつになり全ての存在と繋がり不安がなく平和な自分がいます。正確には自分という自我がなくひとつの世界で時間もなくただ今の景色があるだけ不思議な世界です。しかし大変退屈な世界です。改めて彼女は肉体を持ち他者と分離して自我をもちながら生きる意識を与える左脳に感動します。自我があるからこそ他者という意識が誕生して繋がりあう喜びが味あえることに気がつきます。死んだら平和なあの世の右脳の世界に戻れる。だからこそ地上のこの世で肉体を持ち自我という意識を得た喜びを彼女は深く理解します。人間の顔に素敵な笑顔が現れるシーンを注意深く見ていましたら笑顔は必ず他者との繋がりのタイミングで現れています。人間は右脳と左脳が相互扶助しながら生きている存在である。右脳は全てがひとつの存在と意識させ、左脳は全てがバラバラの存在と意識させる。人間はその矛盾が交錯する意識を楽しみながら生きている存在。この世に生まれる時、バラバラの存在であるという意識をクリアしてひとつの存在であると理解する困難な楽しい旅にでることです。笑顔は人達の魂が繋がる瞬間に存在するのです。人はこの世でつながりを求めてあの世からやって来ているのです。
人間、お釈迦様は、人を人と人の間、つまり「人間」と呼びました。幸福は人と人の間に師か存在しないのです。

日々感謝。一日一日、「足を知る」生き方をするだけで「悟り」はもういいと考えて、生きたいと思います。
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by masashirou | 2010-04-21 14:04