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ひも理論と存在

われわれの認識できる世界は、点の世界の0次元、線の世界の一次元、面の世界の二次元、そして、立体の世界の三次元、それに時間の世界の四次元、次元とは、われわれの存在する位置を特定する座標軸みたいなものです。われわれは、四次元の座標軸を使って、個別の存在を特定の時間の舞台の上に指定することが可能です。次元が高度になればなるほど、活躍できる舞台は大きくなります。三次元の世界の住人が時間という次元を手にすると、一時点のローマが舞台の物語から、過去から未来へ繋がる壮大な物語の主人公になれるのです。高度の次元の世界での普通の行いが、低次元の世界から見れば、不思議な超マジックや奇跡のように見えます。こうした別の次元の世界が存在することが証明できれば、死の世界の解明にも、また知識の宇宙バンクの解明にも貢献することでしょう。
 最新の素粒子物理学理論の『ひも理論』では、物質の根源をなす基本的な分離不可能な物体は、『ひも』で、原子や電子、中性子、それらを構成するクオークもすべて、『ひもの振動』で生じると主張しています。一つのギターの弦から、指で押さえる場所により異なる音が出るように、異なる振動で、あらゆる粒子が生じます。弦である『ひも』は、中国の二胡や日本の三味線やスペインのギターのように、複数の弦つまり複数の『ひも』が存在する楽器と考えられています。素粒子が『ひもの震動』で生じるというのは、まさに、山つまり陽と、谷つまり陰の波動がこの世のあらゆるものを生じさせているのです。陰陽の太極図の原理が宇宙の根本原理であることを意味しています。
 こう考えて見るとわかりやすいでしょう。『死ぬ』ということは、ギターの音が消えることと同じです。弦の震動が停止することです。その時、音は消滅します。しかし、指ではじくと、再び同じ固有の音が生じます。魂とは、その生命の固有の波動の記憶なのです。仏教でいう『空』という概念は、停止した弦の状態のことです。『無』から『有』がこうやって生じるのです。『死』が『無の世界』への旅立ちではないのです。死ぬことは、この世界から高次元の別の世界への旅立ちです。

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by masashirou | 2010-02-13 22:28  

友愛の本当の意味

鳩山総理が掲げる「友愛」の精神の本当の意味

現在の先進国の民主主義国家の理念はフランス革命から誕生しました。

『リベルテ(自由)・エガリテ(平等)・フラテルニテ(友愛)』のうち、フラテルニテを私たち英国民はフラターニティ(博愛)、つまり(大きな愛の心で他者と仲良くする)と英語に訳しました。それが誤訳だったのです。フランスでは、シラク大統領はじめ、歴代のフランス大統領はフラテルニテ(友愛)を次の言葉で言い換えて演説をしています。
それは『レスペ・オ・ゾートル』という言葉です。英語で言えば『レスペクト・フォー・アザーズ(異質な他者を尊重する)』。


寛容の精神こそ「友愛」の本当の意味なのです。
ローマ帝国が征服した他民族の神々との共存を禁止してキリスト教だけを唯一の宗教に制定した時から、つまり、「寛容の精神」を無くした時から欧州を支配した偉大な帝国は崩壊を始めました。20世紀の覇権国「アメリカ帝国」も同じ運命をたどります。

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by masashirou | 2010-02-12 15:23  

時間も空間も人間の意識が作り出した幻想なのです。

時間も空間も人間の意識が作り出した幻想なのです。

宇宙の宇は空間、宙は時間、宇宙とは空間と時間で創られている。

太極図の「陰」の世界が形の無い波動の世界、「無」の世界、情報宇宙の空間。
「陰の陽」が未来から過去へ流れる時間。

「陽」の世界が、形がある「有」の世界、物質宇宙の空間。
「陽の陰」が過去から未来へ流れる時間

この二つの宇宙は相対的な関係にある。相互補助の関係。二つの宇宙が融合してひとつになると、「空」の世界となる。

時間が未来から過去に流れるという教えは古代インドの仏教の教典(部派仏教・アビダルマ哲学)にも書かれています。しかし、西洋的な、原因と結果により実証する科学的観点では、絶対に「原因」が未来に有り、「結果」が過去にあるという考えは出来ません。しかし、東洋思想では、自由に未来と過去を逆転させる事が出来るのです。
未来にある「原因」が、過去にある「結果」を創りだすのです。この事を素直に理解出来る方は少ないと思います。それは、当然です。我々は、誕生以来、過去から未来へ流れる時のベクトルに慣れているからです。

量子的宇宙論で知られる英国ケンブリッジ大学の車椅子の天才物理学者ホーキンス博士も、「宇宙は今膨張を続けているが、将来のある時点で最大膨張に達する。そうすると宇宙は収縮を始める可能性がある。宇宙の膨張期には時間は過去から未来へと流れるが、収縮期に入ると未来から過去へと時間が流れる、つまり時間の逆流が起こるだろう。」と、言っています。収縮期には、物理宇宙もの時間も未来から過去へ流れる可能性もありそうです。その時には、情報宇宙の時間は当然、過去から未来へ流れると思います。

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by masashirou | 2010-02-12 15:12  

映画「ラブリーボーン」という映画を見ればあの世の仕組みがわかる

映画「ラブリーボーン」という映画が上映され、大評判です。今日はその映画から宇宙の仕組みを解説しましょう。



この世が魂がアバターである肉体を借りて様々な経験を楽しむ仮想のバーチャル世界である事がこの映画を見れば良く理解することが出来ます。

物語は、アバターである肉体から魂が、恨みややり残した事がある為に、あの世とこの世の間にさまよう少女の物語です。

天国への中間点にある世界が見事に映像化されていることで評判の映画です。浮遊霊になってしまった少女は自分を殺害した近隣の男を父や妹に告げるためにあの世に向かう扉を開けることが出来ないのです。それと初恋のボーイフレンドの少年とのファーストキスをしたい願いから彷徨う浮遊霊となり苦しんでいます。

最近のあの世の世界の研究が急激に世界中で量子力学や宇宙工学や、脳機能工学の進化で進んだ影響で、この映画も科学的な裏付けに沿って脚本が練られています。

昔のハリウッド映画なら勧善懲悪で、犯人は厳しい罰で死んでしまうストーリー、たとえば「ニューヨークのゴースト」のように、犯人が死ぬと黒い悪魔みたいな複数の影が地獄に引きずり込むみたいなシーンが出てきて観客は納得し、安心できるストーリー展開でした。やっぱり悪いことをすると、地獄に堕ちるんだ!と安心します。事実、この映画が上映された3週間のニューヨークの犯罪が30%も激減しました。これは犯罪抑止にいかにメディアが重要であるか示唆していますね。話が少しそれたので映画に戻りましょう。

ところが、この映画は、最近の霊のシステム解釈に従い、脚本が作られているので、浮遊霊の少女の活躍は犯人に風を吹きかけるくらいの仕返ししかできないのです。肉体から離れた幽体の限界を悲しいまでに描き出しています。その結果、エンディングは、なかなか許し難い結末になっています。死んでしまうとバーチャルの世界のこの世の事は全て、許しの対象になるのです。「その通り」と最近あの世の仕組みを研究していると左脳では理解していますが、右脳では、犯人が警察にも捕まらないので後味が良くないのです。善人が次々と理不尽な不孝に巻き込まれます。胸が苦しくなります。

聖書にも「死者は生者をわずらわせず」という言葉があるように、肉体を離れた幽体の霊魂はこの地上世界では、むなしい存在です。映画では、自分の死体が金庫のなかに封印されて、大きな穴に犯人が転がして捨てようとする現場が最後に描かれています。観客は少女が復讐にきたと期待します。その期待は裏切られました。なんと、少女の浮遊霊は、復讐より、霊が見える女の肉体に憑依して、その女と交際をし始めたあこがれのボーイフレンドとキスをするのです。


このシーンには深い意味があります。このあと少女は犯人に復讐することなく、天国に旅立っていく。これを見れば、幽体の霊がいかに肉体をとうしてしか得られない感動を求めて、また、孤独を癒すために、他者との繋がりを求めているかが良く理解できます。地上の憎しみは仮想世界の出来事です。肉体から離れた魂は復讐という感情よりも恋人とのキスを最後に求めるのです。他者とであい、愛し合う、触れ合う。この為に宇宙のビッグバーンをおこしたのです


最近、あの世の事ばかり考えていましたので、映画を見ていると息苦しくなって、席を立とうと思ったくらいくらい悲しい映画でした。しかし、あの世は美しく平和な恨みのない世界であると描かれています。これは事実です。映画には霊を見ることが出来る不思議な少女が登場します。見えないものを見ることが出来る人間もいると思います。映画館の前の席には多くの浮遊霊がたくさん、見に来ていました。途中で出ていく男性もいたくらいです。私も、身体が異様な痛みと寒気と吐き気を覚えました。映画の後で、気持ちが悪くなり、近くの九州伊勢神宮に立ち寄り、陰気な気をお払いにお参りをしました。

考えてみると、生きている限り、死なないのである。あまり、死後のことなど真剣に考えないで、生きている人生の一日一日を楽しんで生きることに専念した方がいいと改めて、気がつきました

全てがわかるという事は不可能です。鏡の部屋で自分探しをしているような感じです。ひとつの疑問が解決したら次々と新しい疑問が沸いてきます。あの世とこの世のシステムは次第にわかってきましたが、それがどのようにシステム運営されている仕組みが解明されても、肝心のどうして陰の宇宙と陽の宇宙が「ある」のか?いう根源的な存在する意味論は永遠の謎です。



それはお釈迦様や老子様でもわからなかった謎であり、問だったのです・・・。


それほど、宇宙の根源は深く、複雑であり、広大で、また同時に浅く、極小で、太極図の紋様に従い、単純でシンプルです。

ただ、この世が仮想で、バーチャルの脳が描き出した世界だと左脳で理解することが、右脳の欲望と煩悩の世界から人間が解脱することに役に立つことは事実です。

それが、釈迦様が涅槃の時に説いた教え「仏遺教経」の「吾は唯足るを知る」と老子が最も大切な言葉として後世に残した「知足」をより実行する勇気を与えるという意味があるのです。


日々感謝。一日一日、「足を知る」生き方をするだけでいいんだ。「悟り」はもういいと考えるようになった一日でした。

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by masashirou | 2010-02-12 12:58  

『文明の衝突』

『文明の衝突』というのは文明の根底にあるものが異なるという恐怖を植えつけるために創られた幻想です。世界の宗教の根底では同じサムシング・グレートの存在を讃えています。

イスラムでは『アラー』、ユダヤでは『エホバ』、キリスト教では『ゴッド』、インドでは『仏』、中国では『天』、日本では『神』とそれぞれ、異なる名前が付けられました。

いま世界を大きな憎しみの連鎖に導いている、争いの根源の宗教であるユダヤ教、キリスト教、イスラムの3つの宗教は、同じ旧約聖書を聖典とする同根の宗教であります。


『何事のおわしますかは知らねども ただありがたさに 涙あふるる』

12世紀の中世の日本の仏教徒である西行法師がこの歌を詠みました。

この僧侶が異なる宗教の伊勢神宮を訪れた時、神社の参道に流れる清らかな川の前で、心を激しく打たれて詠んだ歌です。

人の心を感動させる尊い存在、『サムシング・グレート』という存在は同じなのです。

世界はただ名前が違う『尊いもの』を信仰し、その名前のために殺しあっています。

この日本的精神に我々は大いにまなぶべきだと思うのです。

根源は同じサムシング・グレートの存在を讃える同じ宗教だったのは歴史的事実です。

同じものを信じる文明同士が衝突するはずは無いのです。人間がつけた名前が異なるという理由だけで、多くの人間たちが殺し合いをしています。私は必ず、お互いの違いを超えて理解し合い、和解し、共存することが出来ると信じています。

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by masashirou | 2010-02-12 00:28  

「ワープした余剰次元理論

この十年の間に、別の研究分野の画期的な進歩があった。アメリカのアリゾナ大学の心理学者ゲーリー・シュワルツ博士の「動的システム記憶仮説」や、英国のケンブリッジ大学のルパード・シェルドレイク博士の「形式的因果作用説」、説明不可能なデザインや意志が、あらゆる物質に影響を与えていることを認める科学を創ろうという、アメリカの新しい科学運動といえる「インテリジェント・デザイン」理論などである。
 また、宇宙を「陽のこの世」と、実数と虚数の波動関数で形成されている「陰の複素数空間」の二重構造と考える波動関数宇宙理論や、人間の認識と観察が量子のふるまいや宇宙そのものに大きく影響すると主張する量子力学論や、人間が三次元で理解できない複数の世界が同時に存在するという、平行宇宙理論や、余剰次元宇宙理論、多重宇宙論などが次々と発表された。それにつれて、超心理学会にもロナルド仮説を見直す動きが出てきた。
 特に、ハーバード大学の美貌の女性理論物理学者リサ・ランドール博士が、一九九九年に発表した「ワープした余剰次元理論」は、目に見えない高次元世界の存在を裏付ける画期的な仮説として、ロナルドに勇気を与えた。





彼女は、台所の焦げないフライパンの「準結晶」と名前がつけられた、表面加工技術が作り出すコーティングこそが、われわれが認知できる三次元の世界以外に、高次元の世界が存在する証拠であると考えた。「準結晶」は、通常の結晶と異なり、法則性が見つからない謎の結晶である。しかし、高い次元の世界では、きちんとした法則性がある結晶になっており、三次元の世界では、情報が欠損して見える。つまり、「影」として映し出されるために、その法則性、規則性が認められないのではないかと主張した。また重力が、磁力などのほかの力と比べて非常に弱い力しかない理由として、重力は、別の次元の宇宙では、遙かに「強い力」として存在しているが、高次元の世界が湾曲しているために、三次元世界では「弱い力」になる。そして、重力が高次元の世界からこの世界に「影」として作用する力であるからという仮説を打ち立てた。
 これは、暗黒物質が膨大な重力を保持し、宇宙の暗闇に存在するという「陰の宇宙論」の解明にもなる画期的な理論である。また、別の高次元の世界、目に見えない「陰の世界」と目に見える「陽の世界」が何らかのつながりが有ること、両方の世界が準結晶などの「三次元世界では魔法のような働きをする、不思議な技術」や現象、「重力」や「思念」などの弱い力で、ワープする未知の通路が存在することも説明できる、革新的な仮説であった。

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by masashirou | 2010-02-12 00:22  

「アバター」や「サロゲート」のような映画が相次いで公開される事にシンクロ二ティを感じます。

私が、影の宇宙(あの世)と陽の宇宙(この世)の関係を類似したシステムで説明したいと考えたこのタイミングで、「アバター」や「サロゲート」のような映画が相次いで公開される事にシンクロ二ティを感じます。

「サロゲート」と「アバター」の予告編です。








とくに、左右の視差角度我異なる映像にシンクロして眼鏡のシャッターが反応する3D電子眼鏡を使い、長時間鑑賞する3D長編娯楽映画「アバター」は、人類が製作した映画の歴史の中で、わずかに、36日で、歴代一位の18億ドルの売上げを達成した作品です。まさに、バーチャル時代到来を予感させます。ちなみに、歴代の売上げ第一位の映画は同じ監督ジェームス・キャメロン監督の製作した「タイタニック」でした。ちなみにこの同じ売り上げを達成するのに1年6ヶ月の月日がを要しました。そのことから考えても、この映画が人類史上最大の興業成績を残す映画となることでしょう。人類の思想を変えるほどの映画は、既存の権力を保有する人たちには脅威となります。

いよいよアメリカでも映画「アバター」の上映禁止の動きが出てきた。
彼らの反対の理由は以下の通り。

反キリスト的である。アメリカの海兵隊に似た軍隊をを悪者として描いている。
神の命の木を敬う自然崇拝思想はキリスト信仰を否定する危険な思想である。

森の神々が宿ると信じていたドイツのゲルマン民族にキリスト教を布教させる時、キリスト教徒は神聖な森の木々を伐採して見せた。もし、森の神々がキリスト教のイエスより強いのならキリスト教徒に罰を与えるはずであるとゲルマン民族に語った。木々を切り倒し、森を消滅させたキリスト教徒は無事だった。ゲルマン民族は森の信仰を捨てた。ドイツ守護の聖人ボニファティウス(680年~754年)は8世紀にドイツ中央部のヘッセン地方全域のゲルマン人の信仰を集めていた御神木の巨大な樫の木を切り倒した英国生まれの宣教師です。カトリック教会にとって自然崇拝は敵なのです。

そんな記憶を呼び起こすとアメリカのキリスト教徒は反対したです。誠に愚かしい偏狭な考えのアメリカのキリスト原理主義者達です。ブッシュ大統領や彼らが世界第二位の石油生産を手にするためにイラク戦争や大麻の生産販売を手にするためにアフガン戦争、その戦争に大義を与える自作自演した911テロ事件を起こしたのも異教徒を根絶やしする偏狭な考えからです。

2010年のビッグサプライズとして、現在、アメリカの裁判所で、911テロ事件の遺族から訴訟されている911テロ事件の首謀者としてブッシュ元大統領は、オランダのハーグにある国際高等裁判所でも、大義無きイラク戦争の戦争犯罪人として裁かれるという話題がささやかれています。それほど、アメリカの国際的な信頼は経済も政治も失墜してしまいました。



中国も上映禁止の動きがありました。チベットやウイギル族の弾圧をイメージさせる反中国的映画だからです。先週から中国ではアバターの映画の一般公開が政府により大幅に縮小されました。
日本で公開中にぜひ、ご覧ください。私は2度見に行きました。

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by masashirou | 2010-02-11 23:21  

『龍』の旅にでるのです

仏教の覚醒者、ブッダ、釈迦は弟子たちに『足るを知る人は幸いです』と遺言しました。旧約聖書のヨブ記には、悪魔によりヨブの信仰が試される物語が描かれています。富や家族、友人の全てを悪魔から奪われ、そして、自分の身体も病に冒されたヨブに悪魔は尋ねます。『ヨブよ。熱心な神への信仰を持つお前に、このような多くの災いをもたらす神を怨むであろう?』
ヨブは悪魔に答えるのです。『裸でこの世に生まれ、裸でこの世を去っていく。神は全てを与え、全てを奪う。それでも神を私は讃えるのです』
人間がこの世で所有する財産はこの世に全て置いていかねばなりません。我々がこの世界で求めるものは蓄財ではありません。自分の価値の創造こそ我々が目指すものなのです。
所有するものの大きさで、人生の価値を評価しない思想を学ぶべき時が来ています。アポロから映し出された地球は暗黒の宇宙に浮かぶ青い小さな星でした。有限なる地球の資源を奪い取る考えは21世紀には、通用しないのです。『分かちあう』『共に生きる』共存の道を求めるべき時が来ました。温暖化の地球規模の危機によって、全ての人間が繋がっている事を初めて認識できたのです。
二酸化炭素の排出権とは残された大気を汚染する権利を分かち合う権利といえるでしょう。
自分以外の見知らぬ人の利己的な行為によって全ての人類が滅亡する事実です。このことは初めて人類がお互いにあらゆる境界や区別を乗越えて協力するきっかけになる福音かもしれないのです。

『文明の衝突』というのは文明の根底にあるものが異なるという恐怖を植えつけるために創られた幻想です。世界の宗教の根底では同じサムシング・グレートの存在を讃えています。

イスラムでは『アラー』、ユダヤでは『エホバ』、キリスト教では『ゴッド』、インドでは『仏』、中国では『天』、日本では『神』とそれぞれ、異なる名前が付けられました。

いま世界を大きな憎しみの連鎖に導いている、争いの根源の宗教であるユダヤ教、キリスト教、イスラムの3つの宗教は、同じ旧約聖書を聖典とする同根の宗教であります。


『何事のおわしますかは知らねども ただありがたさに 涙あふるる』

12世紀の中世の日本の仏教徒である西行法師がこの歌を詠みました。

この僧侶が異なる宗教の伊勢神宮を訪れた時、神社の参道に流れる清らかな川の前で、心を激しく打たれて詠んだ歌です。

人の心を感動させる尊い存在、『サムシング・グレート』という存在は同じなのです。

世界はただ名前が違う『尊いもの』を信仰し、その名前のために殺しあっています。

この日本的精神に我々は大いにまなぶべきだと思うのです。

根源は同じサムシング・グレートの存在を讃える同じ宗教だったのは歴史的事実です。

同じものを信じる文明同士が衝突するはずは無いのです。人間がつけた名前が異なるという理由だけで、多くの人間たちが殺し合いをしています。私は必ず、お互いの違いを超えて理解し合い、和解し、共存することが出来ると信じています。


現在の先進国の民主主義国家の理念はフランス革命から誕生しました。

『リベルテ(自由)・エガリテ(平等)・フラテルニテ(友愛)』のうち、フラテルニテを私たち英国民はフラターニティ(博愛)、つまり(大きな愛の心で他者と仲良くする)と英語に訳しました。それが誤訳だったのです。フランスでは、シラク大統領はじめ、歴代のフランス大統領はフラテルニテ(友愛)を次の言葉で言い換えて演説をしています。
それは『レスペ・オ・ゾートル』という言葉です。英語で言えば『レスペクト・フォー・アザーズ(異質な他者を尊重する)』。

全ての宗教が『他者を自分のように愛しなさい』と水のような無償の愛を教えています。

東洋の老子は『最高の善は水である』と説かれています。
この絵をごらんください・・・・」

ロナルド教授は大きなスライドに映し出された絵をレーザーポイントで指し示した。スクリーンには墨絵の風景画がスライドしながら映し出された。

幽玄の世界の森から海に至る水の流転を絵画にした日本の絵であった。会場は不思議な沈黙で包まれた。

「この絵は、関東大震災が東京を襲った時、日本で公開されたタイカン・ヨコヤマの作品です。タイトルは『生々流転』、老子を敬愛するヨコヤマが描いた人間の輪廻転生を水の一生に置き換えて、作品にしたものです。36メートルの長さの絵巻物です。水の生涯を描いています。水は深い森で生まれ、海に流れていきます。最後には大海原で、水は水の神の化身である『龍』になり変身し、天に昇り、再び、清らかな水に生まれ変わるのです。

そうです。私たちも水なのです。水に学びましょう。水のように生きるのです。水は全ての生き物に恵みを与え、無償の愛で命を育みます。四角の器では四角に丸い器では丸く、全ての穢れ、地上の汚れを全て自分が引き受け、もっとも低い所に自分を置くのです。

もっとも弱く、柔らかな水、水は数年の時間をかけて、硬い岩に穴を開けることも出来るのです。また、小さな、か弱い水と一緒になり、激流となって、大きな岩を動かすことも出来るのです。水は人々が見えない遥か彼方の大いなる海を目指します。

より低い所を目指し、流れ続けます。偉大な生命の故郷、海に抱かれ漂うのです。水はやがて、太陽の強い光を受け、清純な水蒸気となり、天上にもどり白い雲となります。風に吹かれ、大地に高く聳える山々に戻るでしょう。やがて、一滴の水滴として小さな草の葉の上に舞い降ります。そして、長い果てしない永遠の無償の愛、水の神『龍』の旅にでるのです

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by masashirou | 2010-02-11 08:19  

日本人の脳と欧米人の脳の違いの最新の研究

日本人の脳と欧米人の脳の違いの最新の研究データがあります。
日本人の脳は水のせせらぎやコオロギの虫の音を論理や言語を司る左脳で理解しようとするのに対し、我々欧米人は単なる音として処理する右脳で理解するというのです。

日本人の脳は自然からだされる音が自然を司る偉大な存在からの言語、メッセージとして理解しようという働きをするのです。

我々欧米人はアジアを文化の劣った地域であるという傲慢な考えを捨てなくてはいけません。

自然とは人類が支配するものでは無くて、日本人のように人類も自然のなかの一部であり、自然との共存を大事に思う心、精神を学ばなければならないのです。自然は多様性と相互扶助、共存の原理を人類に教えています。

近年自然と人類が共に進化しようと試みた古代文明が発見されました。ブラジルとボリビアに広がるもモホス文明です。
この文明は人類が自然を克服しながら文明の進化を求めるものではありません。自然のシステムをうまく人類の文明の進化に取り込み、自然と共生しながら高めていこうという共進化文明です。
興味深い事に、その大地から発掘されたシャーマンの人骨のDNA分析からこの文明を創造した民族は古代日本の人骨と一致しています。自然の大きな意志に従って生きる知恵を持つ原日本人の智恵を我々欧米人は謙虚に学ぶ時がきました。

アジアでも中近東でも欧州でも、世界中、過去の怨みを永遠に忘れず、復讐のための報復戦争を繰り返している現代国際社会において、この人類の文化遺産ともいえる『日本精神』を我々、欧米社会もおおいに、学ぶべきだと思うのです。

今こそ、たった一人の人間を殺しても怨念をうければ呪い殺されるという日本的思考を世界に広める時が来たように痛切に感じます。そして、その科学的な証明をロナルド仮説が担うことが出来れば光栄です。

そうしないと世界で唯一の原爆被爆国である日本も、アメリカのように大量殺戮兵器を持ちたい、使用しても構わないと思うようになるでしょう。その時が人類の歴史から、核の恐怖の歯止めが失われる時なのです。

大量殺戮を平気で行う欧米諸国や中近東の諸国やアジアの人達に日本の怨念の概念が浸透することが出きれば、怨念の怖さが戦争の危機を回避させる精神土壌を人類共通の記憶の海に作れる可能性があると思うのです。

東洋では、老子は『怨みに報いるに徳を以て報いなさい』という言葉を残しています。 また、我々の西洋にも、例えば、古代ユダヤ、バビロニアのハンムラビ法典には『眼には眼を、歯には歯を』という言葉があります。

現代では、この言葉は復讐を薦めているように誤って使われています。しかし、この言葉は、古代において、復讐のために敵の民族を根絶やしにする野蛮な行為を戒める言葉なのです。つまり、復讐の範囲を拡大するな『眼を突かれた者は命を奪ってはならぬ』という戒めの言葉です。

新約聖書ではそれをさらに、大きく深めて、キリストは『悪人に手向かってはならない。誰かが右の頬を打つなら左の頬をも向けなさい』

『敵をも愛しなさい。敵を許し自分を迫害する者の為に祈りなさい』という言葉を残されました。

復讐にたいする人間のあり方を教えています。この世界もこの2人の偉大な賢人の言葉に従い、『復讐のない理想郷」を最後には実現できると確信します。
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by masashirou | 2010-02-11 07:36  

「自我」という意識こそが根源的な存在です

宇宙を認識する「我」「自我」という意識こそが根源的な存在です。

我々がこの世の物質宇宙の世界で幸福と感じる瞬間があります。それは他者が自分と繋がっていると思えた時です。我々がこの物質宇宙の世界に遊びに来た大きな理由は、他者との出会い、お互いが愛し合い、相互に助け合いそれを求めて、孤独を癒す為に、遙々遠い未来からやって来ているのです。いわば、人生は「壮大で偉大な暇つぶし」なのです

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by masashirou | 2010-02-10 21:57