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時間は未来から過去へと流れる(1)

明けましておめでとうございます。

2009年11月10日、スイスにある欧州合同素粒子原子核研究機構ある巨大な地下100メートルに建設された全長27キロメートルの素粒子加速装置実験が開始された。質量を創出すると思われるヒッグス粒子を発見することを目標に、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を稼働しました。実験では、水素の原子核である陽子をほぼ光速まで加速させて衝突させ、そこから生じる膨大なエネルギーがから誕生する未知の素粒子であるヒッグス粒子とブラックホールや宇宙の96%を占めるというダークマター(未知の暗黒物質)を確認します。この実験は、ビッグバン直後を再現する状態をつくろうとする実験なのです。ハーバード大学の女性理論物理学者リサ・ランドロール博士が主張する「ワープした余剰次元理説」から導かれる5次元世界の存在が証明される実験とも期待されています。

ヒッグス粒子はどこにでも存在するもの目には見えないため、「神の素粒子」と呼ばれている素粒子です。
膨大なエネルギーがヒッグス粒子に当たって抵抗が生じることにより質量が生じます。
27日、陽子同士の衝突実験は成功しました。予想されたエネルギーと陽子と反陽子が確認されましたと公式に発表されました。しかし、ある情報筋からは、予想された全くエネルギーが発生せず、発生した未知の素粒子が4次元世界からリサ・ランドロール博士が主張する5次元世界へ移動したとも伝わっています。我々が住む4次元世界と異なる高次元の世界が確認されたのです。

この実験がすべて、成功すると、宇宙誕生の謎が明らかになり、物質が生まれた謎が解明され、我々の知らない未知の次元の宇宙が証明されるのです。
2010年はいままで、人類の未知の世界が解明される第一歩の年になるでしょう。

しかし、私は次の自我と宇宙について次のように考えています。

自我の存在と宇宙のビッグバンの理由がわかりました!

宇宙を認識する「我」「自我」という意識こそが根源的な存在なのです。そして、ビックバンは、神々の意識が「永遠の孤独と退屈」を癒す為に起こしたのです。


これは、2500年前に、西遊記で有名な玄奘三蔵法師がインドから中国へ伝えた華厳経の唯心経ですでに語られています。

宇宙と自我は、全てが八つの識が作り出すイリュージョンである。
五つの意識、いわゆる五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)が作用して、六つ目の意識、「自我」という「肉体と心」があるという意識が創造される。

さらに、その六つの意識の下に埋もれている潜在意識が二つあります。
ひとつは、未那識(まなしき):睡眠中だけ無くなるが、目覚めると再び現れる自我に固執する無意識の自我。

最後に阿頼耶識(あらやしき):自己や他者や宇宙などを生み出す根源的な全ての識が混在する「空」の無意識。
宇宙の根源的な集合意識です。宇宙に存在する意識のネットワ-クシステムです。また、人類の集合意識そのものです。仏教ではこれを「無量寿光」、同じ時代の中国や古代ギリシャで、老子はこれを「道」と名付け、哲学者プラトンは、のアニマ・ムンディ(宇宙魂)とよびます。近代の欧州の精神科学でいえば、ユング博士の言う集合的無意識です。最近では、「宇宙図書館」や「宇宙神素」と言う人たちもいます。


これらの八つの識が宇宙の全てを生み出しているのです。

最新の脳機能科学や、認知科学、宇宙物理学量子力学の進歩で、お釈迦様のこの難解な唯識哲学の正しさが解明されようとされています。

宇宙とは自分の脳の中に有ります。脳が宇宙を創造するのです。

「自我」とはなんでしょう。

将来、人間の臓器のほとんどのパーツが人工物で置き換えられた時、人間は自我をどのように定義するのでしょうか?
それは、「脳」だと言えます。
では、脳のある部位が損傷を受けて、人工的な記憶マイクロチップに置き換えられて、ついには、99.9%人工物の脳が完成した時はどうでしょうか?
それでも、「自我」は存在するはずです。
では、100%の人工頭脳と100%の臓器を完備する人工の身体が「自我」持った場合はどうでしょうか?
答えは、「自我」と言う情報がある限り、例え全てが人工的に製作されたとしても、人間だと言えるでしょう。
つまり、個人という認識する「情報」がある限り、「自我」は存在するのです。

「脳のなかの自我の個人情報」が「自我」なのです。

その脳という物質の作り出す思念ネットワークシステムの情報が「宇宙」を創造しているのです。



日本人の脳機能科学者、苫米地英人博士が、宇宙に人工衛星を打ち上げて、宇宙空間に人間の脳に類似した脳のネットワークシステムを創る計画をアメリカ軍に提案したそうです。
それが完成したら、宇宙規模の脳が完成し、強大な自我が天空に浮かび上がる事になります。まさに宇宙と脳が一体化する「梵天即我」です。

お釈迦様が語った「梵天即我」とは、その事なのです。
脳が宇宙のすべてを創造するのです。

最新の遺伝子工学の進歩で、60兆の人間の細胞の一つ一つの中に、全体情報が包有されていることが明らかにされました。全体とは部分。どんな小さい素粒子の世界でも宇宙の全体情報を包有しているのです。


宇宙は物質宇宙(陽の宇宙)と情報宇宙(陰の宇宙)で構成されています。物質宇宙は情報宇宙の全く真逆に変形した場といえます。
物質宇宙(陽の宇宙)は過去から未来へ時間が流れています。
情報宇宙(陰の宇宙)では時間が未来から過去へ流れています。

宇宙の宇は空間、宙は時間、宇宙とは空間と時間で創られている。

太極図の「陰」の世界が形の無い波動の世界、「無」の世界、情報宇宙の空間。
「陰の陽」が未来から過去へ流れる時間。

「陽」の世界が、形がある「有」の世界、物質宇宙の空間。
「陽の陰」が過去から未来へ流れる時間

この二つの宇宙は相対的な関係にある。相互補助の関係。二つの宇宙が融合してひとつになると、「空」の世界となる。

時間が未来から過去に流れるという教えは古代インドの仏教の教典(部派仏教・アビダルマ哲学)にも書かれています。しかし、西洋的な、原因と結果により実証する科学的観点では、絶対に「原因」が未来に有り、「結果」が過去にあるという考えは出来ません。しかし、東洋思想では、自由に未来と過去を逆転させる事が出来るのです。
未来にある「原因」が、過去にある「結果」を創りだすのです。この事を素直に理解出来る方は少ないと思います。それは、当然です。我々は、誕生以来、過去から未来へ流れる時のベクトルに慣れているからです。

量子的宇宙論で知られる英国ケンブリッジ大学の車椅子の天才物理学者ホーキンス博士も、「宇宙は今膨張を続けているが、将来のある時点で最大膨張に達する。そうすると宇宙は収縮を始める可能性がある。宇宙の膨張期には時間は過去から未来へと流れるが、収縮期に入ると未来から過去へと時間が流れる、つまり時間の逆流が起こるだろう。」と、言っています。収縮期には、物理宇宙もの時間も未来から過去へ流れる可能性もありそうです。その時には、情報宇宙の時間は当然、過去から未来へ流れると思います。

お釈迦様も「因果応報」という言葉を残されています。しかし、「因果応報」という言葉と「時空観:時間は全てが相対的な働きをして、あるとも無いとも言えない空である」を組み合わせないと、お釈迦様の言葉の本当の意味を理解することが出来ません。「因果応報」の原理は、「有とも無」とも解釈される時間では、方向が真逆でも成立するのです。

東洋の概念は、時間の流れは周期的に陽と陰に変化しそれを繰り返す、生命体の栄枯盛衰を支配する生命的な質的変化を根本とした時間であります。老子の「陰陽思想」の哲学と深いところで結びついています。

私はこれを理解していただく為に次の二つのお話をします。
今は結婚出来ない男と女の割合が多くなっています。これは、未来に「原因」があるのです。これらの男女に共通しているのは、この人と一緒に暮らして幸福な人生になるという未来のイメージが、情報宇宙の「リアリティ」として実感できないのです。
ですから、「未来」から見ると、「過去」である「現在」において、結婚に踏み出す事に躊躇し、結婚をなかなか決意が出来ないのです。未来の情報宇宙の「原因」が、過去である「現在」の「結果」を生み出しているのです。
もうひとつの例。ある作家が、過去に経験した様々な苦労を題材にした私小説を発表しました。その本がベストセラーとなり、名誉と文学界での地位と、莫大な富を得て、その後、幸福な人生を手に入れました。「私は幸福です」と記者会見した途端、彼女の脳の中で、様々な苦労と思えたオセロゲームゲーム盤上で覆っていた不幸の黒い駒が、みるみるうちに幸福の白い駒に変わっていったのです。
「未来」の言葉が「過去」の事象のイメージを「結果」として、変えたのです。情報宇宙の中では、今、あなたの脳のなかの認識の変化が「結果」として、「過去」を変える事ができるのです。
プラス思考法や小田全宏さんの提唱する陽転思考法などのプラスイメージを描いて行動すると成功すると良く言われています。
これらの主張は、情報宇宙での時間が逆行する事を使った方法なのです。
「未来」の情報宇宙空間に、強いクオリア(現実感覚質)を持つ成功のイメージを「原因」として創り上げた瞬間に、「過去」である「現在」にその「結果」が出現するのです。
これは、脳機能科学者、苫米地英人博士が提唱している時間の逆向きベクトルを使う成功のビジネス必勝法です。

老子は今、現在の自分を「これでいいんだ。俺の人生、いろいろあったけど、十分楽しんだ」と「知足」と「無用の用」を感じ「自己の人生を肯定した瞬間に「過去:苦労ばかりの人生」と思っていた人生が「過去:素晴らしい人生」に変わると教えています。

ギリシャ神話「シーシュポス」の主人公の男は神から未来永劫、大きな岩を高い山に運ぶ運命を言いつけられます。フランスのノーベル文学賞のアルベール・カミューは、彼を題材にした小説「シーシュポスの神話」の中で、「彼は山から転げ落ちる岩を見ながら、自分の運命を客観的に自分の不幸な運命を見る視点を得た時、彼は幸福を感じたに違いない」と書いている。

情報宇宙では、次元をあげる事が物質宇宙より簡単に可能です。より抽象度の高い多層階的に上位の情報の場を持つことで、閉塞していた思考の壁をいとも簡単に打ち破る事が出来るのです。

同じ状況でも情報宇宙では、思考方法の変化だけで、全く異なる視野が見えてくるのです。水が半分入ったガラスのコップを見て、ある人は「もう半分しか入っていない」。もう1人の人は「まだ半分も入っている」と考えるとします。砂漠に墜落し遭難したパイロットが生存する可能性の多いのは、後者の思考法を持ったパイロットである。そんなお話をNASAの関係者からお聞きしたことがあります。


現在の地球では、個人が動画映像を投稿できるユーチューブや、個人のブログサイト、個人のホームページ、「ミキシィ」などのソシアル・ネット・ワークや携帯電話でのメール、多チャンネル化デジタルテレビシムステムなどの情報の発表の情報空間の激増で、世界中の情報量が72時間で2倍になるという異常なスピードで増加しています。500年の間、西洋で作られた唯物思想的科学主義、実証主義が支配する歴史の中で、隅っこに追いやられた情報宇宙(陰の宇宙)の見えないものたちの揺り戻しが始まったのです。数十年前、貨幣が金から離れて「信用」「約束」という目に見えない規準を基盤とする貨幣経済に移行しました。サブプライムの金融危機は物から離れた目に見えない「信用」をベースにするお金が膨張してしまったのです。社会も情報という目に見えない物が一番価値をもつ情報社会に変貌しています。
日常生活もテレビ、インターネットやパソコンゲームなどの情報宇宙の影響が強い日常に変貌しました。量子力学や脳科学の発展は、我々に、現実として体感できていると思っていた物質宇宙(陽の宇宙)のリアリティも、五感を通じて、自分の脳が描いたバーチャルな幻想にすぎないと解明しました。物質宇宙(陽の宇宙)と情報宇宙(陰の宇宙)の融合が始まっています。


人間が生きるというのは、この物質宇宙(陽の宇宙)と情報宇宙(陰の宇宙)が相対して、過去へ向かうベクトルと未来へ向かうベクトルが交差する「現在」という点を生きると言うことなのです。

日本人は、この存在のふたつのシステムを直感的に熟知しています。ですから、日本人は昔から死を次のように考えています。

「人間は二度死ぬんだよ。最初の死は、肉体の死。二度目の死は、生者がその人の事を語らなくなった時なんだ。初めの死は物理宇宙世界での死だ。二番目の死は、情報宇宙での死なんだ。人類や民族のために、利他の心で生きた英雄や偉人と呼ばれる人間たちは、その偉業により、永遠の命を得るんだ。肉体は滅びても、偉人の生き様や志や精神は情報宇宙の中で、命は生き続けるんだよ・・・」

太極図の「陰の陽、陽の陰」の状態を生きると言うのです。つまり、肉体と精神の不思議な混沌と秩序の融合した道を歩むことなのです。

お釈迦様は、宇宙は「無始無終」であると言われています。ビッグバンは物質宇宙の観点から見れば、「原因」、つまり、始まり。しかし、情報宇宙の観点から見れば、「結果」つまり、終わりであるからです。始まりと終わりは同じものなのです。

2500年前に、お釈迦様が語った「時空観」とは、時間とは空である。有るとも無いとも言えない。時間の流れが相対的に、真逆に流れているので、有るとも無いとも言えないのです。

物質宇宙(陽の宇宙)とでは全てが時間と共に、乱雑となり、エントロピー(秩序ある形が乱雑に無秩序になる度合いを示す概念)は増大していき、物質宇宙(陽の宇宙)は膨張し続けていきます。例えば、整然と整理された部屋が散らかされていくように、また、綺麗に整えられた庭園が雑草で覆われるように、やがてバラバラに崩壊していきます。

しかし、情報宇宙(陰の宇宙)はでは時間と共に未来から過去に向けて、エントロピー(秩序が無秩序に変化し、乱雑になる割合を表す概念)が膨張し続けます。たとえば、誕生したばかりの赤ん坊は無限の可能性が有る状態、つまりエントロピーが最大の状態で生まれ、人生の時間の経過と共に、この人間はこんな人ですと集約されたひとつの情報にまとまる。つまり、情報のエントロピーが最小になるのです。

未来の情報宇宙(陰の宇宙)の初めは脳が作り出すひとつの心そのものです。この状態が、最少のエントロピーの状態である。最小の情報の状態、この状態をお釈迦様は「空」と、老子は「道」と名付けました。ここでは、物質と情報(心・波動)が混沌の状態で揺らめいています。とても平和で、平穏な世界です。これがビッグバンを引き起こす「原因」となるのです。

このひとつの脳が作る自己完結の世界の情報宇宙(陰の宇宙)では、全てが神である脳が欲するまま全てが思念する通りに実現する。
この場では各神々がそれぞれの宇宙の中にいて相互に無関係の世界の中にいます。
いわゆる多元的宇宙の世界です。この神の状態で膨大な情報を持つ神、高貴な情報を持つ精神レベルの高い神から情報の少ない精神レベルの低い無数の宇宙が同時に存在します。それらが、相互に無関係で存在しているのです。
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by masashirou | 2010-01-13 19:27  

時間は未来から過去へと流れる(2)



この世でも厳密には同じ事なのです。同じ宇宙を見ていると人間は錯覚しています。実際は、各自の見ている宇宙は全て異なっている仮想世界なのです。1人1人が自分の宇宙空間を脳がイメージしているのです。動物の中には動いている物だけしか見えない動物が存在します。他者が動いていない時はその動物にとって他者は存在しないのです。宇宙はそれぞれ全てが異なっているのです。自分という存在、他者という存在も全て、五感(触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚)というセンサーで脳内に創造された幻影(クオリア・現実感覚質)なのです。
バーチャルゲームでは、すでに、物があることを強く脳内にイメージさせる触覚を感じさせる装置が開発されています。また、映像に合わせて、椅子に揺られながら臭いや風を吹き出る3D映画アトラクション装置も開発されています。進化した五感を完全に満足させた3D映画を見た人間はその映像を「体験」したと認識する時代が近い将来実現するでしょう。その時に物質宇宙の世界での現実と情報世界での現実のクオリアの差はほとんど無くなるでしょう。


話を、情報宇宙の最初の段階のお話に戻りましょう。
全てが思い通りに自我だけの他者がいない世界にいる神は、いつしか、孤独を感じはじめたのです。この気持ちは人間の気持ちに置き換えると、容易にお解りになると思います。無人島に流れ着いた人の気持ちを思い浮かべてください。いつも、1人で他の宇宙との関わりのない平穏の世界に飽きた「心、神々」は、刺激のある、また様々な「心・神」と交流し、様々な精神状態を体験し、学べる、つまり、他の宇宙との関係性(縁)を希望したのです。この切ない「孤独から脱出したいというせつない希望」が「原因」となって壮大な実験が行われたのです。
それが、137億万年前に、起きたビッグバンなのです。神々が物質宇宙(陽の宇宙)を作るために、協力して、宇宙ビッグバンをおこしたのです。その瞬間、物質と反物質が発生しました。しかし、そのままですと、お互いに作用し合い、直ちに、「空」の状態に消滅します。
ちなみに、昨年ノーベル物理学賞を受賞した、日本人、小川誠博士と益川敏英博士の理論は、現在の宇宙で物質が反物質よりもはるかに多いことを説明する上で非常に重要基礎理論です。
その時、神々は反物質のほとんどを別の次元の5次元世界に隔離したのです。こうして、神々が自分の宇宙から飛び出して、物質と反物質(情報・心)とがインターフェイス、交流が出来る4次元の物質宇宙(陽の宇宙)を神々の「プレイランド・遊び場、学びの場」が誕生したのです。

聖書の中に、「神々が神々に似せて人間を創った」とい記載が、旧約聖書にあります。神々という複数の名前で記載されているのはそのせいかもしれません。様々な神が物質宇宙の惑星に、様々な生き物のアバターをつくりました。

木々になったり、岩になったり、風や雲や水や昆虫や犬や牛や猫などのアバターを創りました。コンピューターゲームの初期段階の主人公がピンポン球だった頃を思い浮かべてください。進化したゲームの主人公が、人間の姿をして、自分だけの名前を持ち、コンピューター上のサイバー空間で戦い、助け合いながらゴールを目指す最新のゲームを思い浮かべてください。まさに、それに類似しています。人間の進化の方向性は神々の世界を模倣しているのです。


わかりやすく例で言えば、ソシアル・ネット・ワーク「ミッキシー」サイトが4次元の宇宙といえます。初めは自分のパソコンでインターネットに接続せず1人でブログを書いて満足していた若者が、自分の独りよがりの世界に退屈し、飽きたのです。そこで、「ミキシー」サイトに「名前をもらい」登録して、他者と交流を始めた事に類似しています。
「ミキシィ」を始めた若者が、一日のほとんどの時間をパソコンの前で過ごす状態に陥ります。多くの子供達が、コンピューターゲームの中で過ごす時間も拡大しています。現代人は物質宇宙よりも情報宇宙で過ごす時間が増大していると言えるのです。神々は137億年前からほとんど、物質宇宙でほとんどの時間を過ごしています。先ほど述べたように、人類も潜在意識の命ずるまま神々の模倣を志向しているのです。

小林秀雄が川端康成に語った言葉に、「人間は生きている限り、人間になれない。死んで初めて人間になる」という言葉があります。まさに、死ぬとこの4次元世界の物質宇宙から抜け出して、未来の次元の高い自分に戻るのです。ひとつの宇宙の支配者、「神」に戻ります。本当の人間とは「神」です。死んで「神さま」や「仏さま」になると日本人が考えるのはその意味で正しいのです。

情報宇宙(陰の宇宙)では、心・脳がイメージを描くだけで情報宇宙が思念の数だけ生成します。その情報宇宙の現実は、物質宇宙(陽の宇宙)と、タイムキーが違う為に、リアリティとして感じられないのです。情報宇宙ではリアリティの有る現実として存在します。
だから、お釈迦様の言葉に「一念三千」という言葉があります。現在の一念(思い)の中に、未来と過去の全てが含有されている。人間の心は十界(仏、菩薩、声聞、縁覚、天、人、修羅、餓鬼、地獄、畜生)の状態を瞬時に変化する。それぞれの十界は十界を包有している。合計千界の変化をしている。それが現在、過去、未来の世界にそれぞれあるので、心には三千世界があるという教え。つまり、現在の強い思いが未来、過去、さえ変えてしまうという。

強く願い、思念する事で、物質宇宙にも影響や変化を与えることが出来るのです。日本人が「言霊」や「怨霊」を信じるのはこれを経験した民族の物語や先祖の言い伝えによるものです。

面白いことに、物質宇宙の世界でも素粒子レベルになると、情報宇宙と物質宇宙がアトランダムに変化します。

物質宇宙の世界の全てのリアリティも、脳が生み出す脳内の仮想イメージでしかないのです。
宇宙や物質も、全てのものが光の反射を脳が感じて、それも、限られた周波数の範囲内の波動を駆使して、脳内世界で描かれた仮想イメージでしかないのです。

宇宙を認識する「我」「自我」という意識こそが根源的な存在です。

我々がこの世の物質宇宙の世界で幸福と感じる瞬間があります。それは他者が自分と繋がっていると思えた時です。我々がこの物質宇宙の世界に遊びに来た大きな理由は、他者との出会い、お互いが愛し合い、相互に助け合いそれを求めて、孤独を癒す為に、遙々遠い未来からやって来ているのです。いわば、人生は「壮大で偉大な暇つぶし」なのです。

3D映画「アバター」という映画が大ヒットしています。仮想の世界が3Dの画面で体験すると、情報宇宙のリアリティが物質宇宙のリアリティにかなり近いと体感できます。五感のうち、視覚、聴覚を刺激するのみですが、かなりのリアリティを体感できるのです。映画の内容は、パンドラという惑星に眠る稀少鉱石を開発するアメリカ企業に雇われた海兵隊で両脚を損傷した若者が主人公の物語です。稀少金属鉱床の上に暮らすノビ族という3メートルの頑強な身体を持つ「人類」が生息しています。主人公は、DNAでノビ族と人間のDNAを合成したアバター肉体の中に、心、つまり、若者の情報を移動させるのです。彼のアバターを使い、ノビ族が鉱床の上から立ち退かせる命令を受けます。この場合、同じ次元での魂・情報の移動という設定です。
ですから肉体は二つこの世に存在します。そうした違いはありますが、我々の肉体も情報世界に存在する「心・情報」のアバターなのです。
まさに、物質宇宙に住む我々はアバターの主人公のように別世界、次元の異なる情報世界にいる「意識・心」が、物質宇宙の最もリアリティを感じられるDNAを駆使して製造した肉体の中に入り込み、この世に生きて無限の孤独を癒すために遊び、学んでいるのです。
神のいる情報宇宙は1人で1人の宇宙ですから、全てが自分の希望が全てかなう天国のような平穏な世界です。
私は、次のような例え話しをします。
「地獄は様々な針や血の池などバラエティのある地獄絵が古来、描かれていますね。私たちは、天国の住人向けの「パッケージ地獄ツアー」に参加しているのです。皆さん、この世は「地獄」とよく言われるでしょう。この地球は、弱肉強食の原理が支配する地獄ゲームサイト(物理宇宙)なのです。地獄の中で、肉体(アバター)を駆使して愛しあったり、殺しあったりしながら最終ゴールをめざすのです。ゴールはもちろん、参加者全員で、地球を全ての生き物が助け合う、戦いのない平和な「天国」に創り上げて終わるのです。

我々が人間として誕生した目的は、自分が幸福になるため、そして、本当の幸福とは自分と同じように、他人が幸福と感じられる平和な理想の楽園を地球上に創造する事と気づく事なのです。そのために生きているのです。お金や名誉や地位を求めるために誕生したのでは無いのです。

ビックバンは、神々が「永遠の孤独と退屈」を癒す為に起こしたのです。

映画「マトリックス」の描く世界観のように、我々は宇宙コンピューターのサイバー空間に住む住人なのです。ですから、例え、戦争や病気やけがで死んでも「孤独」よりも楽しいから、また様々な精神状況を体験し、学ぶためにたくさんの神々がこの世で人間として誕生しているのです。

そう考えると、せっかく、遙か未来からこの世界に来たのであるから、地球を天国する素晴らしいゲームに参加しましょう。そして、ゲームですから、まず、リラックスして、生きることを楽しみましょう。

このような観点を持つと、全ての景色や動物や植物や、人間をみると、全ての物が愛おしく思えてきます。何で、君はそんなアバターを選んだの?とか、何で、ブルドッグのアバターで参加しているの?とか思えてくるのです。よくミミズを選んだねぇとかすべてのあばたーの裏側にいる神さまたちに声をかけたくなるのです。「ミキシィ」の中で、自分の写真ヤイラストを「豚」にしたり、「花」にしたりしていますね。あれと類似しています。昔の日本人が石や木々や風や草などにも「仏や神」が宿ると信じているのは、正しかったのです。



「死」とはアバターを抜け出して、元の場所、神さまの宇宙に戻ることなのです。

やっと生きること死ぬ意味が分かりました。我々は宇宙の中にいます。その宇宙は各自が脳で作り出した世界です。1人1人が自分だけの宇宙の中にいるのです。自分が幸福になるためには、自分が幸福と思わない限り、なれないのです。自分が幸福の状態、つまり自分が自分であることに満足であるためには、老子は2500年前に次の言葉を残しています。「知足」。足るを知る。この言葉は偉大な知恵からのメッセージであると思います。
2010年1月1日
覚醒の日
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by masashirou | 2010-01-13 19:22  

キーウィの祈り

キーウィの祈り
偉大な存在が、風になって旅をされていた時
偉大な存在は、海に浮かぶひとつの大地を創りました
大地はみるみるうちに大きくなり大陸になりました
やがて、大陸は5つに分かれました
大陸は、海をただよい始めました
偉大な存在は、大地がひとつであった記憶を残すために、中心だった場所に小さな島、ニュージーランドを残すことにしました
すべての生きものと、5つの大陸は、地球の果てまで航海を続けました
やがて、5つの大陸は強いものが、弱いものをいじめる争いの世界になりました
争いを嫌う鳥たちは、5つの大陸から自分たちが生まれたニュージーランドを目指して飛び立ちました
ニュージーランドは、鳥たちの歌が一日中あふれる平和な島になりました
長い、長い時間が過ぎました
人間たちが、さまざまな動物をつれて、島にやってきました
4つの足を持つ動物たちは、次々と鳥たちをおそいました
憎しみと恐怖が、島を支配するようになりました
やがて、鳥たちは、歌を歌うことを忘れました
美しい笛のような音色で歌う、「キーウィ」という名前を持つ鳥が、ひとつの願いを南十字星に祈りました
キーウィは、「平和な島にしたい」と祈りました
南十字星が、輝きを増した夜
キーウィの前に偉大な存在が現れ、こう言いました
「お前が、4つの試練を受けいれるなら、願いを叶えてあげよう」
キーウィは、ためらいなく、大きくうなずきました
「この島が平和な島に戻れるのなら、どんな試練も受け入れます」
偉大な存在は、キーウィの翼と視力を奪いました
偉大な存在は、キーウィの身体を小さくし、鋭いくちばしを糸のように細くしました
「これで、お前は、自分を襲う敵を見る事も、逃げることもできない。身体が小さいお前は、戦う事もできない。キーウィよ。今なら、もとの姿に戻れるが・・・・」
「いいえ、かまいません。しかし、教えて下さい。こんな弱い私が、争いを止めさせることが出来るのでしょうか?」
偉大な存在はキーウィに言いました
「キーウィよ。平和とはみんなが武器を捨て、戦いの心を無くすことだ。お前は私から森で最も一番愛される鳥となるだろう。私は、永遠にお前とお前のこどもたちを守る事を約束しよう。無力なお前のこどもたちが祝福され、生きながらえる姿を見て、他の動物は争わなくても、森で生きられることを学ぶであろう」
キーウィは、あまりのうれしさに、涙を流しました
キーウィの流した涙は、森に流れる清らかな川になりました
偉大な存在は、キーウィの心に感動しました
偉大な存在は、キーウィに、かたい殻を持つ巨大な卵を産める力と、森を自由に旅が出来ように、丈夫な脚を与えました
偉大な存在は、くちばしの先にするどい嗅覚を与え、細いくちばしでも食べられる小さな虫を、地中につくりました
キーウィは、すぐ行動を開始しました
キーウィは、次々と争いを止めさせました
無抵抗のキーウィの勇気は、敵に恐怖を与えました
もちろん、キーウィを襲おうとした動物は数多くいました
しかし、ずるい動物は、他の動物から嫌われるようになりました
やがて、キーウィを襲うものがいなくなりました
キーウィの精神は、ついにこの島に平和をもたらしました
キーウィのこどもが、お母さんにたずねました
「ぼくたちは、もう大空を飛べないの?」
お母さんキーウィは、こどもたちに言いました
「そうね。飛べないかもね。たいせつなものを手にいれたのだから」
「たいせつなもの?」
「本当にたいせつなものは、目にみえないものなのよ。目に見えるたいせつなものを捨てると、目に見えないたいせつなものが手にはいるの」
「目に見えないたいせつなもの?」
「それはね。こうしてこの森で、なかよくみんなで一緒にすごせることなの」
キーウィが住む、ニュージーランドは自然と動物と人間が一緒に生きる平和な島になりました
それから長い月日が流れました
やがて、世界中に戦争が起こりました
すべてを焼きつくす戦いの炎が多くの生きもの生命をうばいました
戦いの炎が、地球上の美しい自然をこわしました
暗闇が地球上をおおいました
長くむなしい戦いの後、キーウィの祈りを受け継ぐ人間と国が誕生しました
その人間の名前は、誰とも戦わないと言ったインドの聖人「ガンジー」です
その国の名前は、どの国とも戦わない憲法を持つ、
「ジャパン」です
キーウィの祈りは、やさしい風となりました
キーウィの風は、永遠に南太平洋に浮かぶ小さな島ニュージーランドから吹き続けます
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by masashirou | 2010-01-09 12:51  

脳に関する新刊本

今、ブームになっている脳科学に当てはめたお話をしたいと思います。
木村拓哉が演じるテレビドラマ「MR.ブレイン」の主人公やテレビで引っ張りだこのタレント茂木健一郎先生は脳科学者です。
脳に関する新刊本はベストセーラーになっています。
中でも、話題のミラーニューロンという脳細胞の発見は、自己と他者の認識を世界的に変革する社会を一変させる世紀の発見だと言われています。

私が本を読んで、感動した言葉を書き出しました。

「全ての現象は脳が作り出したイリュージョンにすぎない」
「身体の60兆の細胞は常に死滅再生を繰り返す。しかし、1000億個の脳細胞は再生しない。死滅するのみである。これは、自己をいう個体の意識と記憶を維持する為である」
「人間の60兆個の細胞の中に、他者のDNAを持つミトコンドリアが一つ一つの細胞の中に、2000~3000個も共生して、細胞に酸素から得られるエネルギーを与えている。どこからが自分でどこからが他者であるという区別はミクロレベルでも付けられない」
「女性のミトコンドリアは授精の度に受け継がれるので、それをたどれば16万年前のアフリカの1人の女性に行き着く。その女性を『ミトコンドリア・イブ』と呼ぶ」
「動物脳と呼ばれる生存を司る古い脳は人称が理解できない。他者を攻撃した言葉を自分という人称が理解出来ないので、自己への攻撃と記憶し、ストレスを抱え込んでしまう」
「人間は開放系のチューブみたいなものである。しかし、人間の脳は閉鎖系の袋だと錯覚している」
「人間の筋肉を動かす脳の細胞が人間の意志決定を司る脳細胞が発火する0.35秒前に発火している。肉体が心、意志をリードしているのだ」
「五感による認識は、脳が描き出した錯覚である」
「ミラーニューロンという鏡の機能をする脳の細胞は、自己と他者を繋ぐ、人間が社会との、つまり他者との関わりを持つための装置である」
「右脳の回角という部分は、自己が肉体を離れ幽体離脱させる脳細胞である」
「幽体離脱する脳の機能は、人間が自己を客観視して、社会に自己を順応させる脳のシステムである」
「人間が食べ物を食べるのは、宇宙では、全ての物質がエントロピー増大システムの中で、低エントロピーの食べ物を自己に取り込み、エントロピーを低下させる為の行為である。自己とは他者の存在が無ければ存在できない相互依存の関係にある」
「自己の範囲は五感により、ミクロ世界から宇宙のマクロ世界まで、拡大することができる。それは脳が全ての世界を確かな質感(クオリア)をイリュージョンとして創造しているからである」
「自我という意識は、脳細胞の80%を占める水が作り出している」など
興味深い解説が本に書かれています。
どれも、太極図の原理を理解すると初めて理解できる不思議な世界です。西洋的な論理的な世界観と異なる脳の世界が論述されています。

自己と他者を区別し、名前を付けるのが学問の世界です。しかし、老子は部分の総和が全体を作るのではない。生命は部分の総和を遙かに超える運動体であると言います。ですから科学的に部分を分析しても生命や宇宙の不思議な世界は理解できないのです。その観点から最近の脳科学という学問の限界も見えてきます。

事実、脳科学者自身が最近、解明したと思っていた脳の世界が、次々と新しい発見により、さらに不可解な脳の世界を拡大させたにしか過ぎないと嘆いています。
それは、講義で述べたように、最先端の宇宙科学が96%を占める理解不能な暗黒物質を発見した時に類似しています。
サムシンググレートに対する畏敬の念を失った哲学の裏付けのない科学的なアプローチは迷路の中に迷い込みます。

老子が言うように、自己と他者は深いところで繋がっている相互依存、相対的な存在です。近代において、自己と他者を分ける西洋的な概念は、個人の自由や権利を拡大させました。しかし、2008年、その弊害がサブプライム問題に象徴される西洋的文明を支える自己中心的な存在である人間観を信じたアメリカ文明の崩壊という形で現れたのです。我々は繋がっている。本当はひとつである。そう老子は根源的なつながりの深い世界を「道」と呼びました。お釈迦様は「空」と呼びました。「有ると言えば、無い。無いと言えば有る世界」「波動であるが物質でもある。観察する行為で確率論でしか、そのどちらかに見えるかは分からない量子論的世界」「人生とは、死にながら、生きている世界」
それらは太極図の陰陽の渦巻く、陰の陽、陽の陰が交互に繋がる不思議な世界です。

最近の脳科学の著しい進歩は、日本人が発明したMRI装置の開発によるのです。将来、日本人が老荘思想を応用して、脳の不思議な世界をさらに解明すると信じます。
脳科学的な自己とは何かという認識が老子の世界観をより現代人に理解させる手段になると思います。
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by masashirou | 2010-01-07 09:52  

私たちの文明が進化の方向性について

私たちの文明が進化の方向性について

この世で僕たちが無意識に目指している技術開発は、あの世の世界に普遍的な事を模倣することである。

あの世の世界とは、
それは、ひとつの世界。混沌の世界、無意識の世界。静かな物質化していない世界。すべてがつながり、争いのない世界。すべてがひとつに包まれて安らかな世界。しかし、ひとつひとつの個性が、魂の運動エネルギーが内蔵されている世界。
コンピューターとは脳を人工的に創り上げることである。この世は脳がすべて作り出した壮大なイルージョーンである。

銀行のカード、クレジットカードのシステムは、まさに、あの世とこの世を模倣したシステムである。あの世の世界が巨大なサーバーシステムである。その場所はサイバーテロや犯罪から被害を避けるために、秘密にされている。一般の会員にはどこに有るのか、その存在すら意識の外に置かれている。
僕たちは指定の番号を登録されて、一枚のカードを所有する。そのカードが行う経済活動はすべてサーバーに記録される。生命活動はその番号の口座に次々と働いて稼いだお金を預ける。残高が少なくなると破綻する。つまり死である。その行為は生命維持行為に似ている。つまり、エントロピーの低い食べ物を食べないと肉体のエントロピーが増大して朽ちてしまう。
サーバーにはその番号つまり、肉体としての個人記録が記憶され保管される。
次に別のカード会社と契約するとしよう。新しいカード会社は様々なサーバーの個人情報を保管する巨大なサーバーにアクセスすると、その個人が別のカード会社でおこなった経済活動を入手出来る。本人は新しく生まれたつもりでも、その「魂」の記録は、継続して巨大なサーバーに記録は保管されている。これは輪廻転生して、個人は記憶がなくても、その魂の経験した記憶や記録が巨大サーバーには保管されている仕組みだ。
僕らの「魂」、肉体、陽と心、陰を結びつける究極の、永遠なる「陰と陽」が螺旋状に運動する存在「陰の陽、陽の陰」を「魂」と呼ぶことにしよう。

パソコンを廃棄する時にハードディスクのなかに様々な記憶が残されている。使用した本人は消去したつもりでも、有るソフトを使用すると、すべての記憶が蘇る。まさに、人間が忘れたはずの前世の記憶を明確に記憶として取り戻す瞬間に類似している。
僕たちの脳の奥深く、潜在的な記憶の中には、生命の進化の過程の記憶が蓄積されている。僕たちは、魚だった頃の記憶は思い出さないが、脳の中にはちょうどパソコンのハードディスクに死蔵されている記憶の集積と煮ている。
パソコンのゲームクリエーターの仕事を見ると、あの世からこの世に出現する光に類似している。まず、パソコン上には何もない画面が有る。スイッチを入れると、光が生まれる。そして闇が現れる。黒い画面の中にゲームクリエーターが描いたものは、光の点である。点は数が増えいく。光の点は画面の壁に当たり、進行方向を変える。そのうちに点と点がぶつかり合う。ピンポンゲームが完成する。次第にインベーダーゲームのように、個性を持つ、インベーダーを光の弾を放ち、インベーダー宇宙からの侵略者を打ち落とすゲームが誕生した。
携帯電話の出現で、すべての世界中の人が繋がる。インターネットの世界ですべての人が直接繋がっている。テレビの出現で、世界中の事件が視界に飛び込んでくる世界。
医学の分野では、脳以外の臓器が人口的な機会に置き換えられている。
脳とは意識を司る細胞である。あの世には意識が無い世界であるから、将来人類は「自我」を創造している脳も人工的な機会に置き換えられる方向に進むであろう。ゲーム世界では、バーチャルな世界がリアリティを保有する方向で開発が進んでいる。
老子の世界観は、太極図の紋様に明確に示されている。陰と陽が螺旋状に回転運動をしながら、対立する陰と陽は、相互依存の相対的な存在である。陰が無ければ陽は無い。
陰と陽は、「陰の陽と陽の陰」という窓で相互に繋がろうとしている。
そこに、すべての価値創造が誕生する。
すべての存在が永遠なる時間経過の中でしか存在しない。つねに移ろい、はかない一瞬でしか存在し得ない。その一瞬とは、有ると認識した瞬間に過去の闇の中に消えていく。それを釈迦は空と呼んだ。無いけれども有るという概念だ。僕らは、錯覚の世界に生きている。有るという錯覚。それは、運動体なのだ。僕らの五感はすべて錯覚をリアリティと脳が創造する世界に存在する。遠く宇宙の星を観察する時、その星の存在を僕らは、有ると認識する。しかし、その星はもしかしたら、数億光年前に消滅して存在していない星かもしれない。無いものを有ると認識する僕らはリアリティと感じているものすべてが錯覚なのだ。
無常というのはその事を言う。儚いが貴い一瞬。
それを受け入れ、そのはかなさを嘆くのではなく、楽しむ為に我々は生きている。
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by masashirou | 2010-01-07 09:28