2011年 05月 15日 ( 5 )

 

母と父(ははとちち)の大和言葉の意味

「は」は物事が動き出すこと。何かが生まれること。「発展」「発達」「発信」「発芽」「はっぷんする」「始め」「発見」「波動」などの発や初、葉,派、波、覇などの漢字に「は」という音を当てたのは、すべてが「何かがうまれたり、動き、変化し新しいものが生まれる」そのような意味が含まれているからです。
「はは」とはダブルで生まれるという意味で強調された言葉です。ですから生命を生み出す母は「はは」と呼んだのです。

では、「父」二ついて考えてみましょう。
「ちち」の「ち」には、「神のエネルギーを伝え、溢れ、尊いもの」という意味が有ります。
「知恵」「知識」「地」「大地」「値」「血」などの漢字に当てられて発音します。精子を卵子に運ぶ役割をする人間を「父、ちち」と強調してよんだのです
また、赤ん坊が最初にこの世で欲しがるものは母乳の「乳」(ちち)です。
地球の「ちきゅう」という言葉は「尊いものたちがあふれる球」であるからです。
「血」は身体のすみずみまで酸素と栄養分を運びます。「知」は「考える葦である人間」にとってもっとも貴重なものです。ちなみに、「貴重」は、「きちょう」と発音しますから,「き;尊い」と「ち;神さまのエネルギー波動」と「よう;有り様」。つまり、「貴い神様のように」大切であるという形容詞です。
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by masashirou | 2011-05-15 18:18  

大和言葉と神道と老子(3)

では、次は「き」です。これこそ日本人の精神の神髄です。「き;気、木、帰,季、奇、器、期、貴, 機」などの漢字を当てて古代日本人は「き」を理解しています。代表的なものは、「気」です。「目にみえない奇妙な生命が帰還すべき暗闇から器であるすべての存在(鉱物、植物、動物、人間)に期間を決めて入り込み、機械を動かす奇妙な貴いエネルギー体」を「気」という発音で命名したのです。

日本語で生命現象を表現するのに「気」とい言葉が使われます。「元気、病気、陽気、陰気、気が重い.
気持ちがいい、気持ちが悪い、気味が悪い、気味がいい、気を使う、気がきかない。気分がいい、気分が悪い、正気、狂気、気難しい、気違い、気分屋」など多数あります。

古代日本日本人が「けがれ」をどのように解釈していたのでしょうか?
神道では、「けがれ」は「気」が枯れてしまうことと定義しています。「穢れ」とい漢字で、理解しては誤解してしまいます。

それは、「神様の貴重なエネルギーが枯れてしまうこと」が「けがれ」なのです。ですから「みず;神様が物質化したもの;水」で元の気が出るように清めるのです。
ちなみに、神社のご神体は、なんでしょうか?
そうです。かがみ;鏡です。太宰府天満宮にお参りしますと、驚きの発見がありました。
内宮の神殿に向かう参道の中央を歩きながら、ふたつの灯籠の真ん中に立つと、ご神体の鏡の中に自分の姿が映るのです。そして、驚くべきことに神殿の前に着き、拝んで見上げると、大きなご神体の鏡の上のあるさらに大きなご神体の鏡の中に自分の姿が映し出されるのです。
神道では、人間のアバターである肉体の中には「神様のエネルギーである気」が潜んでいるとこの建築様式から教えているのです。「あなたは神さまなんですよ」と教えているのです。
ですから、「つみ」とはキリスト教や他の宗教とは全く異なる概念を古代日本人は定義しているのです。「罪」とい漢字で理解してはいけません。
「つ」は大和言葉では「丸い」とい意味です。「つ」「つ」と繋げると、丸い形が連続した「つつ;筒」になります。ちなみに。「つき;月」は「丸く」て「奇妙な」という合成語で「つき」ができています。「つ」は「丸い」とい意味ですから、「つみ」とは神さまである本質を布で丸く包んでしまうことなのです。ですから、神道では「つみ」を言葉,みことのりで「神様をたたえる言葉」で風呂敷である布をほどいてやるのです。
ご神体に鏡を用いるのは「かがみ」を見ながら「が:我」を少なくしていくと、「かみ」が現れてくるのです。すごい発想ですね。
そして、ご神体に偶像を使わないことに深い意味があるのです。
老子は神さま的な本源的な存在、。「有ると無いを超えた存在」、いわば、サムシンググレイトな存在を「道」としかたなく名前をつけました。
そして「これが道であるという道は本当の道でない」という不可思議な言葉を残しました。神道では、道を表現するものとして、「鏡」を選んだのです。映像は波動です。すべてが波動なんだ、形に見えるものはすべてが仮の姿、アバターである。
鏡は鏡にあらゆるものものを映し出します。すべてが移り行くもの、すべてが変化するもの。古代の日本人の感性と理解力には感動です。
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by masashirou | 2011-05-15 17:55  

大和言葉と神道と老子(2)

日本人の宗教として神道が継承されています。初めて中国を統一したユダヤ系中国人である秦の始皇帝が紀元前2世紀頃に不老不死の妙薬を探しに、家臣の除福に命じ、九州に遣わしました。僕は神道の中に、そのときに稲作文化と稲作技術を支える神秘の「水」と「道」の思想と言われる老荘思想を九州の日本人に伝えたのだと思っています。ですから「神道の精神」はまさに老子の語る哲学に満ちています。

例えば、「水」は、「みず」;「み」という音には大和言葉では、「中身、なかみ」「本当の存在」「神、かみ」とい意味があります。「ず」という音には「自ら、みずから」「ずーずーしい」「ずるい」[ずけずけものを言う」など「我、自分」という意味と、「ずーと」という「永遠」「継続」「繫げる」「絆、きずな」の二つの意味で古代日本人は発音していました。
「水、みず」とは「私は神」「永遠の神、すべてのものを繋ぐ」とい意味で古代の日本人は名前を付けました。ところが、漢字しか教えてもらえなかった現代人は「川」が変形した「水」とい漢字で「みず」を視覚的にしか理解しないので、大和の心を学ぶことができません。残念なことです。ですから僕は「大和言葉」中の古代の日本人のこころを皆さんにお伝えしたいのです。
科学的にも宇宙で、「水」こそがすべての生命の源です。それを古代人は知っていたのです。すばらしいとおもわれませんか?

ですから日本の大和言葉には、神様をたたえる言葉で満ち満ちています。神道の極意は神様とともに暮らす道、かんながらの道を体得することです。
「かきくけこ」の言葉には神道と老子の神髄がひそやかに含まれています。日本語の言語学者に言わせると、「かきくけこ」を赤ちゃんに正確に教えるとスムーズに日本語が話せるそうです。
ですから古代から赤ちゃんに「かあさん」とはじめて誕生した日本人に教えるそうです。
「か」:神様を意味する「か」、天や、空や、上を意味する「か」などの意味を持ちます。
「か」と「み」をあわせると「天上におられる永遠の存在、サムシンググレート」を意味する「神」になりますね。
赤ちゃんにとって母親は命を預けた「神様的存在」ですから「かーさん」と呼ぶのです。神道を別名で「かんながらの道」といいます。神様と一緒に暮らす道こそが人生であると古代日本人は考えていました。まさに、「自然との共生」の人生観で暮らしことを理想としていました。「かん」とい言葉も「神様」を意味します。「かんどう、感動」という言葉も「神様が心を動かす」という意味です。「かんしゃ、感謝」も「神様にありがとう」と言う言葉です。「かんげき、感激」とは「神様が人の心を刺激する」という意味です。
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by masashirou | 2011-05-15 14:26  

大和言葉と神道と老子(1)

日本人は8世紀まで文字を持たない民族でした。我が国最初の本「古事記」により口伝されていた日本の民族の記憶が文字に、世界的に最先端の文化を誇る国家の唐の文字である漢字により初めて表現されました。漢字は中国の象形文字です。日本人とは全く異なる心を持つ民族が作成した文字で古代の日本人の心を推測すると大きな間違いが出てきます。今回の老荘講座は、大和言葉に潜む古代の日本人の心をお話しましょう。その心は現代人もDNAとして潜在意識の中に眠っています。
カタカナ文字とひらがな文字が日本人が漢字を使いながら日本人の話す言葉を文字化しました。
不思議なことに、世界で表音文字と表意文字を組み合わせて使用している民族は日本民族だけです。
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by masashirou | 2011-05-15 13:47  

60歳を迎えた君へ

「この秋は風か嵐か知らねども今日のつとめの草を刈りとる」江戸時代の二宮尊徳先生の和歌です。様々な想いがあると思いますが、夜は早めに寝ることが節電になります。生かされている毎日を楽しく生きることが大切です。夜は早く寝ましょう。人生は120年時代にもうすぐなります。60歳は後60年をどう生きるか考える年です。
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by masashirou | 2011-05-15 13:34