2010年 05月 29日 ( 1 )

 

人間は善か悪か?

先生の論じた性弱説は、性三品説でいう中品とはまた違った考えかたでしょうか。
教化によって善にも悪にもなるという事で考えると同じように捉えられますがまた違った視点から見ているのでしょうか。
ご教示お願いいたします。


(インターネットから調べると次のような記載がありました。)
人性論(じんせいろん)とは、儒教における人間の本来性をめぐる論説。

戦国時代、孟子は性善説を唱え、告子の性無善無悪説に対抗した。一方、荀子は性悪説を唱え、礼による後天的な修正の必要性を説いた。

漢代になると、董仲舒や王充が人間を道徳的レベルに応じて上品・中品・下品に分ける性三品説を唱え、これが後の儒教において標準的な性説となっていく。唐代の韓愈は性三品説にもとづく道徳実践学を提唱している。
また前漢末の揚雄は性善悪混説を唱えている。心性論ともいう。人間の本性は善なのか悪なのかという問題は,中国思想史を貫く大きな論題であった。すでに戦国時代の初期において,世碩(せいせき)なるものにより人の本性は善悪の両面への可能性をもつとする説が出されたという(《論衡》本性篇)。人の本性をめぐる孟子と告子の論争はあまりにも名高い。告子が人間の生への本能的な意欲を性としたのに対し,孟子は性善説をもって応酬し,儒教の性論の基礎を築いた。その後,荀子(じゆんし)の性悪説,漢の揚雄の善悪混淆説,唐の韓*の性三品説などが現れたが,南宋の朱熹(しゆき)(子)は,性を〈本然の性〉と〈気質の性〉に分けることによってそれらの止揚をはかった。前者は理想態としての至善の性であり,後者は悪への可能性もはらむ現実態としての性であるが,後者から前者へ復帰することが人の歩むべき道とされた。明の王守仁(陽明)は性善説に基づきながらも無善無悪説を唱え,固定的な善悪論の超克をめざした。



質問に対するお答え
孔子や孟子の説く論語は人間至上主義。区別や比較や自他との完璧な差異を認識して、対立を調和させる為にそれぞれの階級に属する人間が行動すべきであるかを説く思想です。この世しかないという現世主義。論語の価値観は階級を創り、神という概念を否定する思想です。

その儒教の中で論争された性三品説と老子の思想か導かれる人間論は同じように見えて全く異なるものです。老子の人間観は同じ時代に生きたお釈迦様の生命観に近いのが老子の人間論です。その意味では、性弱説は正確には老子的では有りません。つまり、弱とか強とか片方に決めつけることが論語的左脳思考なのですから。

お釈迦様の言葉に「一念三千」という言葉があります。現在の一念(思い)の中に、未来と過去の全てが含有されている。人間の心は10界(仏、菩薩、天、声聞、縁覚、人、餓鬼、修羅、地獄、畜生)の状態を瞬時に変化する。それぞれの10界は10界を包有している。合計1000界の変化をしている。それが現在、過去、未来の世界にそれぞれあるので、心には三千世界があるという教え。つまり、現在の強い思いが未来、過去、さえ変えてしまうという。人間の不思議な生命を3段階で分けることがお釈迦様の3000通りの変化を瞬時に変化するという考え方と比較すると簡略化した認識論だという事がわかります。生命は水晶の玉に似ています。光を当てるとどんな色にも変わります。悪にも善にも弱にも強にも固定的に人間をきめるという論語的思想は老子の考えから離れるものです。

日本人は中国の文化に精神的な憧れと理想を無意識的に見いだそうと思います。

「森から生まれた日本の文明、共生の日本文明と寄生の中国文明」という(黄文雄著)を読むと中国の古代から毛沢東の率いる現代1960年頃まで食人文化を継承しているかを詳しく中国の文献をもとに解説しています。飢餓の時に人が人を食べる文化の思想的裏付けが人間至上主義、現世至上主義の論語的思考であると解説しています。漢の高祖(紀元前205年)から文化大革命までの2170年間に天災による民衆の共食いの時代が120年ほどあった。人が人を食べる文化を数千年にわたり受け継ぐ歴史を知ると中国人が人間を善とか悪とか論争すること論評することさえむなしく思えます。

改めて、日本文明は中国では異端とされ道教により曲げられた老子の哲学、中国では完全に消滅したお釈迦様の哲学を大事に受け継ぐ日本で開花した優れた文明だとつくづく思います。
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by masashirou | 2010-05-29 10:14