2010年 05月 28日 ( 2 )

 

日本四十年周期説

日本の多くの著名な経済学者や、歴史学者、統計学者の主張する日本四十年周期説が、最近注目を浴びている。彼らは、近代日本が四十年周期で大きく変化した事実に基づき、一九八五年から二〇二四年まで続く悲観的な未来を予想している。
 彼らの理論は、次のような分析である。

(1)一八六八年から始まる明治時代、それは、日清戦争の勝利、一九〇五年の日露戦争の勝利、一九〇六年までの、東洋の強大な軍事大国に変貌した「陽」の四十年の発展期。
(2)一九〇七年から始まる時代、一九二三年の関東大震災、一九二七年の金融恐慌や、人類最初の原爆が広島と長崎に投下され、第二次世界大戦の敗戦を経験する一九四五年までの大正・昭和時代が、「陰」の四十年の衰退期。
(3)一九四六年から始まる時代、戦後の著しい経済復興、一九五〇年の朝鮮戦争、一九六四年に東京オリンピック、一九七〇年には万国博覧会の開催。一九七三年の第一次オイル・ショック、第二次オイル・ショックを克服し、一九八四年までの経済大国の道を突き進んだ四十年の「陽」の発展期。
(4)一九八五年から始まる時代、この年に、世界一の債権国に日本がなり、一九八九年には、株の最高値がついたバブルの絶頂、そして、昭和天皇の崩御、バブル経済が破綻して始まる平成の時代、一九九五年の阪神・淡路大震災、経済が低迷し、株価や地価の下落。四十年の「陰」の衰退期が、二〇二四年まで続くという説である。

 奇妙なほど正確に、陰と陽が繰り返す、近代日本における歴史の四十年周期のサイクル。大都市の大震災は四十周年の衰退期前半に発生するという不思議な歴史の類似性。私は、基本的な波動周期は一定であるが、現実にはさまざまな歴史的記憶の周期がお互いに干渉しあい、変化すると考えている。それは、一定の波動が外部からの大きな別の波動の干渉を受けて、一時期、波形が乱れるが、しばらくすると、再び、元の波形に回復するような現象である。
 
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by masashirou | 2010-05-28 18:46  

日本には四十年周期で、社会変動が発生する事実

日本には四十年周期で、社会変動が発生する事実にも注目した。 日本中部には、多くの神々を祭る一二五の神社から構成される有名な伊勢神宮という一五〇〇年の歴史を持つ神社がある。この神社では一年間に一五〇〇回のお祭りが千年以上前から行われている。今でも、人々から篤い信仰を集めている神社である。しかし、誰がこの神社を建設したのか、いまだに歴史の謎である。その伊勢神宮の中央に位置する、天皇家の先祖を祭る内宮には、戦国時代に一時中断したが、西暦六九〇年以来一三〇〇年間の歴史を持つ、二十年毎の式年遷宮の儀式が継承されている。
 その儀式とは、二十年間の停滞・安定の陰の「米の座時代」と、二十年の波乱と躍進の陽の「金の座時代」が、交互に繰り返す四十年の周期の遷宮儀式である。驚くべきことに、二〇一三年に予定されている第六十二回目の遷宮にかかる費用、約五五〇億円は、すべて全国からの民間からの寄付によってまかなわれる。この神社は、古来より、日本人の心の原風景なのである。二十年毎の遷宮により、古代の神社の建築技術は、確実に未来に、正確に伝承される。人間の世代交代は三十年である。二十年という短いサイクルだからこそ、永遠に、技術と文化の伝承が可能となる。まさに東洋の柔らかな知恵である。
 硬い花崗岩を使用した、西洋の古代神殿建築技術は、人間の世代交代より長持ちするために、逆に、時代の流れとともに断絶する。東洋の、柔らかな朽ちる木の建築が石の建築に勝つのである。「柔よく剛を制す」という老子の哲学は、伊勢神宮の式年遷宮儀式の中に生きている。ロナルドは、それらの儀式の記憶が宇宙バンクに登録されたために、日本には、日本固有の四十年周期が形成されたと考えた。
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by masashirou | 2010-05-28 18:41