2010年 05月 27日 ( 2 )

 

哲学はすべての根本です

哲学はすべての根本です。ここさえしっかりしていれば、身近な生活も、社会生活も研究生活も営めます。これからも皆様が絶望に陥った時、また深く落ち込んだ時に、ひょっこり「どうしたの?」と言いながら、「それでいいんだよ」と励ましてくれることと信じます。教育の目標は各人が「この世に生まれてきてよかった」「自分は幸福だ」と感じる基本的な感受性を持たせることだと思います。私は老子と遭遇してからも、さまざまな辛いことが山のようにありましたが、常に「自分はまだ、幸福なほうかも知れないと思いながら、生きて来ました。有難いことです。今日、偶然にも、ある人から、世界で初めて無農薬のリンゴ栽培に成功したベストセラーの「奇跡のリンゴ」の作者である木村秋則さんの第2冊目の「すべては宇宙の采配」という本をいただき、読みました。
その中に、大事な目に見えるものや地上に出ているものだけではないんだ」
「目に見えているものだけを見ていては、本当の事、真実は分からないのです。それは無農薬、無肥料の自然栽培にかぎったことばかりではありません。人間もそうです。大事な事は目に見えない部分にあるのです」

私が皆様にお伝えしたかった事はこの言葉だと思います。同じような言葉は、サンテグジュペリの「星の王子様」という童話にも出てきます。

「目に見えないものを見る力」
「闇の中に含まれるメッセージ」
「表に出てこない真実を探求するこころ」
「陰陽の相互依存関係を見抜く眼力」
「マスメディァを疑い、検証する能力」

ぜひ、以上の5つの能力を講義から学んでいただきたいと願っています。


昨日、師範塾という日本の歴史を学び、教育の現場で日本の教育を考える塾の一受講生として、「陽転思考」を提唱されている小田全宏先生の講義を受講しました。日本では江戸時代から、教師は論語を中心に教えるのが教育という風潮がありました。
老荘思想的な「陽転思考の教育論」がこの師範塾で聞けるとは驚きました。講義は楽しい愉快な笑いの絶えない、大変ユニークで、興味ぶかいものでした。小田先生の「陽転思考」には深い陰の世界が前提にあるという認識から、あえて、「プラスの面に意識を積極的にシフトして生きよう」という陰陽の原理を理解された上での「プラス思考」の勧めでした。

半分の水が入ったコップの水。その事実をどのように考えるか?
一人は「もう半分しかない。」
もう一人は「まだ半分もある。」
後者の考えをもった宇宙飛行士が砂漠に不時着したとき生き残ったというお話をNASAの偉い人から聞いたと先生は話されていました。
「サムシング・グレート(道)」という存在は、せっかく誕生した生き者を少しでも、長く生存させるために思考プログラムを「危機を予測し、危機を回避する」の優先モードにしてこの地上送りました。
ですから、小田先生が言われるように、我々が身を守るために、まず危険やマイナスのことを思い浮かべるのは当然のことです。
我々は常に、そのマイナス情報を知った上で、よりよい判断をするために、「~だから~できない」「~はよかったけど、~はダメだ」という否定語から「~だけど~できる」という「陽転思考」で、とりあえずゼロベースにする必要があるのです。
先生は「人間は資質と考え方で決まる。資質の差は多くて2倍。考え方は数千倍である」
「考え方で人間は大きく変わる」とお話されていました。最後に私が質問しました。「先生はタオの道を歩む人ですか?」すると、先生は笑って「そうです。道を楽しんでいます」とお答えになりました。タオの人は気さくで決して威張りません。いつも愉快で楽しそうです。彼は音楽家で有名なフルート奏者です。音を楽しむ。人生を楽しむ。人生の達人です。

たしかに、哲学、どのように考えるかで、同じ人間でも凄い違いがあるのです。

この世界には、二種類の人間が存在しています。常に自分に無いもの、足りないものを数えて生きる人間と、常に自分に有るものを数えて生きる人間です。『有難う』という言葉を素直に言える人間は、後者の人間です。彼らはいつも『幸福』になれますが、前者のいつも自分に無いものばかりを考える人間は、人生に一度だって幸福を感じることができないのです。

さて、どのように陰と陽を対比させて、どちらの道を歩むべきか?
老荘的に考えますと、正解は
どちらの道を歩んでもよいというのが正解です。それは「無用の用」の原理があるからです。ある時はあえて「道」をはみ出さないと「道」が見えない時もあるからです。
たとえ進むべき道でない道を選択したとしても、決して無駄ではない。その経験がきっと次の選択の際に役に立つかも知らないのだからです。
しかし、私は、どちらを歩んでもいいのなら、たとえ失敗しても、自分が好きで、わくわく出来て、楽しい、幸福と感じられる道を選択しようと思います。
宇宙原理は「陰と陽」が渦を巻いています。
つまり、人生は混とん、カオスの世界。しかし、同時にある法則で秩序ある世界なのです。運命はあらかじめ定まっている。しかし、同時にカオスの論理も深い闇の中に隠れています。
だからこそ絶体絶命の状況でも強くプラス思考で運命が陰から陽に一瞬に変わるのです。陰の中心に陽へ至る通路(陰の陽)があるからです。
小田先生が「人間が今、暗い予測をしていることの90%以上が実際には起こらないことを心配しているのです」
そのようにお話しされていました。
テレビを見ていましたら、医療小説を書いたベストセラー作家が小学校に出かけて授業をする番組がありました。彼の言葉が深く心に残りました。
「人間の臓器の働きを知れば知るほど、人間が生きていることが奇跡的な完璧なシステムで支えられている事実に驚愕する。生きている人間は、それだけで、すでに凄い存在。だのに、その上にわずかに、積み上げる学歴、名声や名誉、お金や美容、才能など積み上げて、自分のほうが上だとか下だとか気にして生きている。」

「足るを知る」とは、この認識を日々の生活に毎朝、毎日、再確認できるかどうかで一日が全く異なるのです。
教育には論語的に、社会生活を秩序に従い暮らすことができるようにさせる人間教育。(陽の教育)
老子的に天や道と人を直接つなぐ、本質的な人間が自由で、人生は楽しむためにある。そして、自分と他人は、自分を取り巻く世界の生きとし生けるものすべて、命がないと思われる岩やや海や風や木々や星や太陽や月なども、深いところで本当は同じ道でつながっているという教育(陰の教育)
私はどちらも東洋の知恵、日本の知恵だと思います。
本当に偉い人は馬鹿に見える。本当に大きい音は聞こえない。
本当に大切なものは見えない。
老子を学ばれた皆様が表に見えないものの価値を見極める英知を友人として今後、生きられ、最後の日に、「楽しかった・・・・」という言葉を残して、新しい世界へ旅立たれることができますようにお祈りしています。

今この世界はこの4次元の世界しかないという基本的な考えですべての価値が支配しています。
皆様に朗報があります。2009年11月27日、巨大な量子加速装置の実験が再開されて、成功のニュースが飛び込んできました。日本ではほとんど報道されませんでしたが、バチカンを始め欧州の宗教界では、大きな波紋を呼んでいるそうです。
実験は二つの陽子を高速で衝突させて巨大なエネルギーを確認する実験でした。その結果が世界中の量子科学者を驚愕させました。
エネルギーが発生せず二つの陽子が消滅し、5次元の世界に移動したのです。
人類が次元の異なる世界があることを初めて確認したのです。
老子的にいえば、我々が住む物質が存在する陽の世界のほかに陰の世界があることは当然のことです。講義であの世の世界、陰の世界があるのかないのかやがて解明されるだろうというお話をしました。これからこの事実認識に基づいて、すべての哲学、宗教、幸福論、宇宙工学、経済学、貨幣、国家観などが見直されることでしょう。
今世界中で起きている変動は、16世紀から起きたスペインからオランダ、オランダから英国、英国からアメリカ、アメリカから中国や日本への覇権国の移動による混乱、また、大きな歴史サイクル800年周期の西洋から東洋へ移行でもなくて、もっと大きな人類史上でも最大の精神世界のパラダイムシフトの最中に我々は生きているのかもしれません。そんな大きな変革時代にふさわしいのが老荘哲学であると確信します。
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by masashirou | 2010-05-27 21:25  

シュリーマンと日本

探検九州のコメント
北ドイツの貧しい牧師の子に生まれたドイツの考古学者ハインリッヒ・シュリ-マンは、少年時代にホメロスの物語に魅了されてトロイの木馬で有名な伝説のトロイアの都の実在を信じ、いつかその発掘をしたいと夢を抱きます。そして、ロシアで成功し、41歳で全ての経済活動を打ち切り、43歳で世界漫遊に旅立った後、44歳にパリで考古学を学び、49歳で1871年にトロイアを発掘します。その偉業の6年前、1865年、世界漫遊の旅で、幕末の日本に1ヶ月滞在しました。NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の主人公坂本龍馬が暗殺される2年前の日本です。ハインリッヒ・シュリ-マン著、石井和子訳「シュリーマン旅行記 清国・日本」の中に次の文章があります。

入れ墨をした船頭たちは私を埠頭の一つに下ろすと「テンポー」と言いながら指を4本かざしてみせた。労賃として4天保銭を請求したのである。これには大いに驚いた。それではぎりぎりの値ではないか。シナの船頭たちは少なくともこの4倍はふっかけてきたし、だから私も、彼らに不平不満はつきものだと考えていたのだ。日曜日だったが、日本人はこの安息日を知らないので、税関も開いていた。二人の官吏がにこやかに近付いてきて、オハイヨ〔おはよう〕と言いながら、地面に届くほど頭を下げ、30秒もその姿勢を続けた。次に、中を吟味するから荷物を開けるようにと指示した。荷物を解くとなると大仕事だ。できれば免除してもらいたいものだと、官吏二人にそれぞれ1分(2.5フラン)ずつ出した。ところがなんと彼らは、自分の胸を叩いて「ニッポンムスコ」〔日本男児?〕と言い、これを拒んだ。日本男児たるもの、心づけにつられて義務をないがしろにするのは尊厳にもとる、というのである。おかげで私は荷物を開けなければならなかったが、彼らは言いがかりをつけるどころか、ほんの上辺の検査で満足してくれた。一言で言えば、たいへん好意的で親切な応対だった。彼らはふたたび深々とおじぎをしながら「サイナラ」と言った

シュリーマンは文明が劣ると考えていたアジアの未開の国、日本の普通の庶民のモラルの気高さと清潔な町や通りに驚きかつ感心し、以後日本びいきとなるのです。
今日の特集の離島の4人の小学生の為に4人の先生と給食を運ぶ2人の先生が働いているシーンは私を驚かせました。事業仕分けで有名な女性政治家なら「先生は2人ではだめなんですか?給食は家からの弁当ではだめなんですか?」と詰問するだろうなぁと思いました。しかし、日本が世界で2番目の経済大国になれたのは江戸時代の寺子屋教育やこのような戦後も完璧なまでの義務教育制度だと思います。もし、シュリーマンが一緒にこの番組を見ていたら、これが日本の強さの源泉だと感想を言うだろうと思いました。教育こそ21世紀日本の財産です。離島の初等教育を支える先生達に感謝します。ではまた来週。
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by masashirou | 2010-05-27 12:35