2010年 05月 20日 ( 4 )

 

老子の5つのキーワード「龍」

b0072881_10311741.jpg






老子は龍のようだと孔子が面会後に弟子たちに語ったというエピソードを史記に司馬遷が書き残している。

b0072881_18382485.jpg
私が撮影したスティーブン・セガールの肩に現れた光龍の写真。

龍は西洋では悪魔の象徴。東洋では神聖な生き物。

イラクのバクダッドを境に全く異なるイメージを持つ不思議な動物だ。


老子も陰と陽、二つの矛盾する異なる2つのイメージを持つ不思議な人物である。


老子はいいことも悪いことも相対的な見方で大きな宇宙的な視点からは大きな差は無いと言う。


善と悪、正義と不正義や人間社会を鋭く区分し、その区分に従い完璧な理想の関係と秩序を要求する孔子にとって理解不能のまるで龍のような人物だと感じたのは無理もない。



老子は龍の視点を持てと言う。


視点を自由に、相手の立場から見る複眼思考を常に持てと言う。


立場が変われば全てが真反対の見方が出来る。


龍は稲作民族には恵みの雨をもたらす聖なる神である。

しかし、洪水を起こす神でもある。


聖なる面と悪なる面を併せ持つ神である。





龍の姿を見た人は誰もいないのに多くの龍の絵画が残されている。


龍をみたいと思う人が龍を見ることが出来る。




b0072881_10181097.jpg


ヒマラヤ上空で撮影されたりゅうのが飛ぶ映像として話題になっつた写真

b0072881_1020232.jpg



見えないものを見る力。

b0072881_1033026.jpg



老子はその見えないものへの優しい視線を持てという。

花を支える茎や葉、そして地面の下で目に見えないところで花や茎や葉に栄養分を送り続ける根

の力を見る力を大切にしなさいと言う。

老子は人生で本当に大切なものは全て目に見えないと言う。


幸福や愛情や友情や優しさなど本当にたいせつなものは目に見えないのだ。


日本人は老子のこの考え方を大切にしてきた。日本人は「お陰さまで」という言葉や「させていただく」という受身形で全てを語る。これは全てが自分の力で成し遂げられたのではない。

目に見えない力、多くの人のご縁やお力添えでこの成功があると考える。

みえないものに感謝する心を持てと老子は言う。

こうした考えをする民族は日本人だけだ。
[PR]

by masashirou | 2010-05-20 18:38  

老子の5つのキーワード「水」

水のように生きよう。
b0072881_16432788.jpg


老子的に生きるとは、水のように生きることです。


水の性質を老子はこのように解釈しました。

b0072881_100393.jpg



水はもっとも柔らかい。

水はもっとも弱々しく見えるが、長い年月で水滴が堅い岩をもくり貫く力を持つ。


水は障害にあうと、困難を嘆くことなく、また、ひるむことなく、むしろ勢いを倍加してその障害を乗り越えて行く。


柔そうに見える水がいったん急流の川を創ると、大きな岩を簡単に動かす力と砕く力を持つ。


水は常に動く。それも常に低い所を目指して動く。


水はあらゆるものに恩恵や命の源を与えるが決してそれを誇らず、見返りを求めない。


水は汚濁を受け入れて流れる。


水は丸い器では丸くなり、四角い器では四角になる。変幻自在で、環境に自らを合わせる。


どんなに汚れてもやがて気にしない。


水は知っている。


自分が大きな海にたどり着き、汚泥が自分で分離して海の底に落ちていくことを。



太陽の日差しが強くなると、水は水蒸気に変化して大空にのぼり、雲を創る。


雲は風を呼び、生まれ故郷の山を目指し流れていく。



雲は一滴の雨をなり、草にやどし、露となる。


冬は雪やあられや雹になり故郷の大地に戻るのだ。


大地に浸みた水は仲間を集め、やがて小川を創り再び同じ道を永遠に旅をする。

b0072881_959953.jpg




福岡の黒田藩の黒田如水は老子の思想に感銘して「水訓」を黒田藩の侍や庶民の生き方の指針として後世に残した。

水訓

  一 自ら活動して他を動かすは水なり

  一 障害に逢いて激しく其の勢力を倍加するは水なり

  一 常に己の進路を求めて止まざるは水なり

  一 自ら潔くして他の汚れを洗い

    而も清濁併せ容るるは水なり

  一 洋々として大海を満し發しては雲となり雨と変じ

    凍っては玲瓏たる氷雪と化す而も其の性を失わざるは水なり

b0072881_9582994.jpg





友人と理想の交流のあり方も老子は水の交わりを良しとした。


利害で結び付くのではなく、無償の志と友情が続く関係を理想とした。


上下関係はなく、お互いにお互いを尊敬し、団体や徒党を組まず、いざとなれば強力な組織を作り時代を動かす。しかし、その目的が終わると、再び自由に組織を離れて生きていく。


人間の生き方を「水のありよう」に理想を求めた老子は今でも幕末を生きた龍馬のように


心を打つ。
[PR]

by masashirou | 2010-05-20 15:14  

老子の5つのキーワード「道」

老子はサムシング・グレート、何か偉大な存在を「道」:と名付けました。
b0072881_16462115.jpg



本当は名前のない存在こそ道の本質なのですが・・・・、便宜上「道」と名付けました。



タオイズムという西洋の呼び方は「道(タオ)」からそう呼ばれます。


それほど道は老子の哲学で根本的なコンセプトです。



老子は道の教えと徳の教えの5000文字からなる2部構成の老子道徳経を残しました。


今から2500年前のお話しです。


道徳の語源はここから誕生しました。


「何か人知を超える存在がある」

それを決して忘れていけないぞ。

その存在を意識して生きようという老子のメッセージです。


もう一つ「道」にはこんなメッセージが有ります。


旅人が道を歩く。


足跡が出来る。


左脳で判断する人が道とはこの足を支えたスペースだと思い、足跡を支え無かったスペースを削り取ってしまった。


すると、旅人は二度と同じ道を歩むことが出来なかった。


無用の用


老子は全ての出来事、全ての存在には意味がある。



役に立たないと思われたものにも大きな価値と存在意義が有るといいます。


例えそれが不正義でも、正義はその不正義により意味が生じると言います。

美人は不美人により支えられ、強い者は弱い者の存在によりはじめて意味を持つのです。


全てのものが相互依存、互譲互助、相対的な関係で成立している。

どれがいいとか、どれが悪いとかないのだと言います。


道は日本人の根本的な感性と思想をサポートしています。


どんな職業でもひとつの事に修行する人は道を求めている人であると尊敬されます。


全てに「道」を付けます。


華道、柔道、剣道、茶道など人間は「本当の者に繋がる道」を求めて生きている。


どんな達人も偉人も到達しない道の向こうを求めて永遠に努力する。


人生でいつが楽しかったですかと問われれば、明日と私も答えます。


来週は「水」ついてお話しましょう。
[PR]

by masashirou | 2010-05-20 13:36  

谷のように生きる

老子は難しいと言われる方がたくさんおられます。老子ほどシンプルな哲学は有りません。5つのキーワードをマスターすればあなたは老子の達人になれます。
5つのキーワードとは次の5つのキーワードです。

谷、道、水、龍、凹みの5つです。


では講座を始めます。


b0072881_1648630.jpg


揚子江が何故、中国の川の王様なのか?

それは一番低いところに揚子江がいるからです。


何万という中国大陸の川たちの頂点に立つ王たる大河


それは揚子江。


自らのポジションを一番低くして、何万の川が運んでくる汚泥を平然と受け入れる。


その揚子江の姿勢に川たちが圧倒されて、従っているのです。


王たる揚子江は何故、身を低く汚泥を悠然と受け入れることが出来るのか?


それは自分の命が大いなる大海に繋がっていること。


そして、大海と一体になった時には全ての汚泥が浄化されることを確信しているからです。


谷のように生きるとは地上の王者として生きる事なのです。



谷に生きる、谷に住む人、自分の基本立ち位置を谷にする生き方。

もちろん、自由に山に登ってもいいんです。常に山に登りたがる人は、山に登らないと生きている感じがしないとストレスを感じる人です。


山に登る人は山頂に到達した時の達成感を満喫します。

しかし、山頂は風が強く気候が不順です。長く滞在することが出来ません。天気に恵まれていたら、お弁当を食べて、時間が有れば、山を下ってから人に自慢するための登頂記念写真を数枚撮るくらい、せいぜい、山頂に30分くらい滞在するでしょう。また、山の頂から別の高い山が見えます。再びその山を目指して山に登り続ける人生を繰り返します。ナンバーワンを常に目指す生き方です。


一方、谷に住む人は、気が向いたら山に登り、天候が悪くなれば、途中でも山から下る決断もすぐに出来ます。

再び、山に何度もチャレンジする強い意志が有るから山をあきらめることも出来るのです。

上を仰ぎ見る生活を遠ざかっている為に自分を支える大地をいつも見る視線を大事に出来ます。

谷を自分の谷だけを下を向いて開墾します。


オンリーワンを目指す生き方ですから、他人との比較や競争から無縁です。

時には、山に登る人が落とした宝物も谷で見つけることも出来ます。


そんな生き方をしてみたらと老子は私たちに問いかけます。


最後にこの生き方の醍醐味を本当に心の奥底から味わい、満喫するためには若い時にがむしゃらに巨大な山に登ってみなさいと老子は小さい声でささやいているのも忘れないでくださいね。

来週は「道」についてお話します。
[PR]

by masashirou | 2010-05-20 09:56