2010年 05月 19日 ( 6 )

 

友人の言葉に傷ついたあなたへ

ご質問への答え
全てが役にたっている。全てが無駄ではなかった。そう思えるには、今が幸福と思えない限り永遠にそのように思えません。今が不幸と思っている限り、いつまでたっても、老子の言葉を素直に信じる事は出来ないでしょう。あなたが今、ご自分を幸福だと考えられていないなら、友人の言葉は当たっています。
あなたにお聞きします。今、ご自分を幸福と思っていますか?
もし、幸福と思われていないのなら、ぜひ、幸福の規準を、見直してください。自分に無いものを数えて、幸福を求める限り永遠に幸福から遠ざかるのです。
自分にあるものを規準にして幸福を見直してください。そこからスタートしてください。やがて、友人があなたに対する評価も一変すると思えます。
あなたにはいつも友人の言葉でご自分が深く傷つき悩まれる傾向があるようです。そのような言葉を投げかける友人は本当の友人でしょうか?
本当の友人とは、友人が失敗したり、つまずいたりした時は、慰めたり、励ましたりしてくれる友人ではないかと個人的には思います。しかし、その友人の言葉に憤慨して、その怒りのパワーが原動力となり、自分の夢が叶ったとします。その時は、あの時、自分に厳しく言ってくれたことを有り難いと思えるかもしれません。全て、ご自分が、その友人の言葉をどのように考えるかと言えるのです。
「人間は一生に一度、あなたの全てを無条件に肯定してくれる人間や、本、映画、詩、音楽に出会う」と言う言葉を、私は信じています。あなたに様々な条件を付けて、つきあう友人は本当の友人ではありません。人生の主役はあなた自身です。幕末を生きた坂本龍馬は、つぎの言葉を残しています。「自分は自分を信じて、行動する人間になりたい。他人はあれこれと、俺のことを言うだろう。俺の人生は俺自身が評価する。俺は他人の評価で生きる人間にはならない」
老子の生き方は、人から偉いと思われる人生をいきることではありません。幸福な人生を生きる人生です。幸福と感じるのは、他人ではありません。あくまでも、自分自身が幸福かどうか決めるのです。あなたが海外経験が役にたつと思われているなら、必ず役に立つと信じます。自分の五感を信じてください。老子は必ず、あなたのそばにいて、それでいいんだよ。そうそれでいいんだ」と語りかけてくれるでしょう。
[PR]

by masashirou | 2010-05-19 23:29  

ミラーニューロンの凄さ

脳に関する新刊本はベストセーラーになっています。
中でも、イタリアのパルマ大学のリゾラッティ博士たちがマカク猿の前頭皮質の運動皮質F5野に発見した話題のミラーニューロンという脳細胞が凄い。この細胞は他者の行為を、見たり聞いたりしただけで、あたかも自分が行為の主体者であるかのように脳が反応する細胞です。他者を『陰』、自己を『陽』とすると、この細胞こそ『陰の陽・陽の陰』の自他・陰陽を繋ぐ脳細胞といえるでしょう。

この発見は、自己と他者の認識を世界的に変革する力を持っています。生命観を一変させた細胞学のDNAの発見と同じくらい脳科学分野での世紀の発見だと言われています。

私が本を読んで、感動した言葉を書き出します。

「全ての現象、存在、意識は脳が作り出したイリュージョンにすぎない」
「身体の60兆の細胞は常に死滅再生を繰り返す。しかし、1000億個の脳細胞は再生しない。死滅するのみである。これは、自己をいう個体の意識と記憶を維持する為である」
「人間の60兆個の細胞の中に、他者のDNAを持つミトコンドリアが一つ一つの細胞の中に、2000~3000個も共生して、細胞に酸素から得られるエネルギーを与えている。どこからが自分でどこからが他者であるという区別はミクロレベルでも付けられない」
「脳はつねにゆらぎの状態にいる。新しい発明や発見はゆらぎの中から誕生する」
「脳は全ての情報を曖昧な形で認識する。曖昧だからこそ次々と変化する状況に対応できる」
「女性のミトコンドリアは授精の度に受け継がれるので、それをたどれば16万年前のアフリカの1人の女性に行き着く。その女性を『ミトコンドリア・イブ』と呼ぶ」
「動物脳と呼ばれる生存を司る古い脳は人称が理解できない。他者を攻撃した言葉を自分という人称が理解出来ないので、自己への攻撃と記憶し、ストレスを抱え込んでしまう」
「脳内で行われている決定システムは神経細胞の先端部のシナプスに抑制と推進する効果の化学物質が同時に放出される。全ての決定が多数決の民主主義的なシステムで行われる。少しでも濃い濃度の方に決定されるのである。つまり、全ての決定のなかに最大49%の反対意見が包有されている。火事場の馬鹿力は抑制の物質が完全に0%になった時に信じられない力を筋肉に与える」
「人間は開放系のチューブみたいなものである。しかし、人間の脳は閉鎖系の袋だと錯覚している」
「人間の筋肉を動かす脳の細胞が人間の意志決定を司る脳細胞が発火する0.35秒前に発火している。肉体が心、意志をリードしているのだ」
「五感による認識は、脳が描き出した錯覚である」
「ミラーニューロンという鏡の機能をする脳の細胞は、自己と他者を繋ぐ、人間が社会との、つまり他者との関わりを持つための装置である」
「右脳の回角という部分は、自己が肉体を離れ幽体離脱させる脳細胞である」
「幽体離脱する脳の機能は、人間が自己を客観視して、社会に自己を順応させる脳のシステムである」
「人間が食べ物を食べるのは、宇宙では、全ての物質がエントロピー増大システムの中で、低エントロピーの食べ物を自己に取り込み、エントロピーを低下させる為の行為である。自己とは他者の存在が無ければ存在できない相互依存の関係にある」
「自己の範囲は五感により、ミクロ世界から宇宙のマクロ世界まで、拡大することができる。それは脳が全ての世界を確かな質感(クオリア)をイリュージョンとして創造しているからである」
「自我という意識は、脳細胞の80%を占める水が作り出している」など
興味深い解説が本に書かれています。

本講座を完全に理解された方は、これらの言葉の中に太極図の原理を見抜くことが出来るはずです。
老子と同時代を生きたインドの覚醒者仏陀の説く般若心経の「色即是空、空即是色の世界」です。

どれも、太極図の原理を理解すると初めて理解できる不思議な世界です。西洋的な論理的な世界観と異なる脳の世界が論述されています。

自己と他者を区別し、名前を付けるのが学問の世界です。しかし、老子は部分の総和が全体を作るのではない。生命は部分の総和を遙かに超える運動体であると言います。ですから科学的に部分を分析しても生命や宇宙の不思議な世界は理解できないのです。その観点から最近の脳科学という学問の限界も見えてきます。

事実、脳科学者自身が最近、解明したと思っていた脳の世界が、次々と新しい発見により、さらに不可解な脳の世界を拡大させたにしか過ぎないと嘆いています。
それは、講義で述べたように、最先端の宇宙科学が96%を占める理解不能な暗黒物質を発見した時に類似しています。
サムシンググレートに対する畏敬の念を失った哲学の裏付けのない科学的なアプローチは混沌が支配する迷宮の中に迷い込みます。

老子が言うように、自己と他者は深いところで繋がっている相互依存、相対的な存在です。近代において、自己と他者を分ける西洋的な概念は、個人の自由や権利を拡大させました。しかし、2008年、その弊害がサブプライム問題に象徴される西洋的文明を支える自己中心的な存在である人間観を信じたアメリカ文明の崩壊という形で現れたのです。我々は繋がっている。本当はひとつである。そう老子は根源的なつながりの深い世界を「道」と呼びました。仏陀は「空」と呼びました。「有ると言えば、無い。無いと言えば有る世界」「全ての存在は、形のないエネルギー、波動であるが、形のある物質でもある」「観察する行為で確率論でしか、そのどちらかに見えるかは分からない量子論的世界」「人生とは、死にながら、生きている世界」、これらの世界は、論理的な理解を拒絶する世界です。物質界の固定された意識、認識の世界にいる限りは到底、理解不能の世界です。


そこから飛び出して、人生の全てが奇跡的な美しい錯覚の世界であると覚醒すると、違った世界が見えてきます。

解脱する。悟りを開く。覚醒する。全てが空であると体感する。宇宙意識と繋がる。サムシンググレートと一体化する。

厳しい修行でしか得られなかった世界観が、脳科学の勉強を通して、手に入れる可能性があります。

その時、2500年前、ひとりの無名の老子が発見した太極図の世界こそが根源の宇宙真理であると人類が気がつくのは近いと信じます。

それらは太極図の陰陽の渦巻く、陰の陽、陽の陰が交互に繋がる不思議な世界です。

最近の脳科学の著しい進歩は、日本人が開発した機能的磁気共鳴画像fMRI装置の開発によるのです。将来、日本人ハードだけではなく、老荘思想を応用して、脳の不思議な世界をさらに解明すると信じます。
脳科学的な自己とは何かという認識が老子の世界観をより現代人に理解させる手段になると思います。

課題論文としてご提出された論文は皆様の人生観に照らし出された優れた論文ばかりでした。
点数を付けるなら全てが満点だと思います。
脳の世界は、見るもの聞くもの、触るもの全てが各自異なるそうです。そこには比較することの意味は有りません。全てが真実。全てがそのもの。老荘思想を各自が各自の理解出来る範囲で、今後の人生の中で、応用され、生きていく。そこには、点数は有りません。
点数をあえて付けましたが、この点数は、皆様が心に感じられたものを表現された、その表現力に対して付けたものです。そこをご理解くださり、ご容赦をお願いします。
最後に、皆様がいつか、人生において、様々な困難に遭遇された時、迷われ、苦しまれているあなたのそばに老子がそっと現れ、あなたを励まし、慰め、勇気を与えてくれると信じます。

「足るを知る、生きているだけで奇蹟である。健康であるだけでも有り難いことだ」
「無用の用、この世に無駄なものない。失敗したと思えることも、いつかその失敗が役に立つ時があると強く信じて、くよくよといつまでも失敗にとらわれない。前進しよう」


「水の思想。上善は水の如し、水のように常に低いところを求めて流れよう。自分を一番低い所に置き、謙虚に、他者に無償の恵みをあたえて生きよう。水のように自分の魂は再生する。死は生まれた故郷に戻る旅である。死を恐れず、死を求めず。人間に、そして、地球に生まれた、奇蹟とも言える一瞬の短い生を楽しもう」


「道の知恵、偉大な何かが自分の中に存在し、他者とは、深いところで繋がっている。情けは人の為ならず」
「谷の知恵、欠点こそ武器である、オンリーワンである自分に誇りを持ち、他人との比較はよそう」
「人間すべて塞翁が馬、禍福あざなえる縄のごとし。不幸は次の幸福の種になるにちがいない。不幸な状況にとらわれてくよくよしない」

「無為自然の知恵、困難な状況では、じたばたしない。運を天に任せていれば道は開ける。朝の来ない夜はない、どんな豪雨もいつかは止む。じーっと待っていればなんとかなる」
「天網恢々疎にして漏らさず。お天道様だけがすべてを見ている。自分を攻撃したり、自分を不幸に陥れた人を憎むのは止めよう。天が自分の代わりに罰を与えるに違いないことを信じよう。許すことは出来なくても、タダでいただいた心の畑は、いろんな種を育てることができるという。出来れば、恨みの種を育てないようにしよう。自分は天に恥じない人生を送ろう」

そして、庶民の古い知恵、いろは歌留多には、老子の哲学が語り継がれています。たとえば、老子的な日本人の知恵の言葉「負けるが勝ち」「塵もつもれば山となる」「勝って兜の緒を締めよ」「楽あれば苦あり」「急がば回れ」「論より証拠」「長いものにはまかれろ」「油断大敵」「損して得取れ」「破れ鍋に綴じ蓋」「笑う門には福が来る」「一寸の虫にも五分の魂」「花より団子」「老いては子に従え」「犬も歩けば棒に当たる」「縁の下の力持ち」など。日本の庶民はこうして老子の智慧を伝承してきたのです。


「有り難う」という言葉がすべての困難のとてつもなく高い壁を乗り越えるキーワードです。
一日10回以上、自然や自分や人に対しても口に出して言おう。
朝陽に感謝ありがとう。夕陽に感謝ありがとう。
今日無事に生きたことに感謝ありがとう。
朝、目が覚めたら感謝ありがとう。

偉大なサムシンググレート、根源の存在「道」に感謝ありがとう!

それらの言葉の中に、困難に立ち向かうヒントが有ると信じます。
[PR]

by masashirou | 2010-05-19 23:21  

老荘思想の紋様である太極図

老荘思想の紋様である太極図は、当然、老子が自分で描いた紋様ではないと思いますが、それにしても奥深い老荘の哲学の神髄をここまでシンプルで現代的と思えるデザインを創造した作者は天才だと思います。

問題
曲線と使いながら対象的な相反する二つの概念を表現し、それらが相互補完しながら変容しながら矛盾する時間軸を持つ運動体でありながら、かつ、それらが少しづつ、相互に融合する動的平衡の運動体であること表現する。しかも、その運動体は、対立するふたつの存在が融合すると完全な存在になる事を表現する。

あの世の5次元世界で、芸術大学デザイン科の入試試験でそのような問題が出されたに違いないと思います。

ご質問の答えですが、全ての存在が動的平衡運動体であると言うことを太極図は表現している訳ですから北とか南とか、上とか下とか言う地上の概念を超える宇宙的な観点から存在をとらえているのではないかと思われます。宇宙飛行士が宇宙に飛び出すと、地上で重力の影響で感じていた絶対的普遍的な概念である上とか下とか、左右と概念が全てが相対的な概念であると気づきます。そう考えると、陰が右とか陽が左とか二次元世界で描かれた太極図にあまりとらわれる必要はないと思えます。

しかし、文献で正式な太極図がどうして陰が左で、陽が右に描かれたか調べてみる必要がありそうです。私の持つ太極図はそのように描かれていますので、考察してみます。

仮説:自転する地球を北を上にしてみると、左側が夜、陰、右側が昼、つまり、陽になっている。

仮説:脳を表現する時、左脳は物質世界、陰、この世の悩み、不安、争いのこの世。右脳は精神世界、陽、平安、対立のない世界、光の世界に繋がる世界。

私の知る限りでは明確な理由はわかりません。
[PR]

by masashirou | 2010-05-19 23:18  

森先生の最後の日

今日の特集は、皆既日食でにぎあう屋久島の飛び魚の漁師さんの物語。
師匠と弟子たちの師弟関係は温かな人間関係ですね。
人生でいつまでも緊張感を感じる先生に出会うことは宝物です。
道元禅師の言葉に「極楽は眉毛の上の下がりものみたいなもので,あまり近くにあるので人間はなかなか気付かないものだ」という言葉があります。昼間に太陽が当然存在すると思っていますが、皆既日食を経験すると、本当に太陽の有り難みが痛感します。私の皆既日食経験のお話をします。20世紀最後の皆既日食をみるために1999年夏,英国のロンドンのビクトリア駅から,南西部の港町キングズタウンまでオリエンタル急行列車で素敵なランチを食べながら移動。翌朝キングズタウン市街のホテルを出発。
海岸へ船に乗り換え昼までただ皆既日食まで待ちます。
霧に包まれた海岸を世界中から3000人の観光客がひたすら太陽が完全に消え去る30分の天体ショーを待ちます。
しばらくするとカモメが鳴きはじめます。すると犬たちもけたたましく吠えはじめます。そして草むらの虫たちも騒がしく鳴きはじめます。
霧に包まれた港まちの上空に太陽が欠けはじめます。
霧のために肉眼でも皆既日食の変化を目撃出来ます。やがて街は暗闇に包まれます。肌寒くなり夏なのに思わず腕を摩るほど。酒場で乾杯の叫び声や口笛が静かな海面にこだまします。
太陽が再び姿を現すと、もとの眩しい昼間に戻るのですが、短時間にこの変化を体験するとかなり衝撃を受けるのです。
話は変わりますが、先週、栄光病院で泰星高校生徒120名が参加する終業式のお話をしましたが、昨夜21時30分に森先生があの世の旅たたれました。今日のお昼に皆既日食を見ることを楽しみにされていたそうです。病院からご自宅に出られる時に日食が始まり、見送りの病院の先生たちが欠けていく太陽を見上げながら見送られたそうです。
太陽のように慈愛に満ち、生徒たちと真摯な師弟関係を築かれた先生でした。また、何よりご家族から愛された森先生らしい最後シーンだと思います。42歳でした。
ご冥福をお祈りします。
[PR]

by masashirou | 2010-05-19 23:16  

トラキア人の死生観

福岡市博物館で開催されている「黄金文明展;古代ブルガリアのトラキア人の紀元前5000年の黄金文明発掘!」を見に行きました。
エジプト文明よりも古い古代ブルガリア文明が発見された事は衝撃です。文字をもたないトラキア人の黄金文明は謎の文明でした。
話題の「黄金のマスク」。驚きました!暗闇のなかに浮かぶ黄金マスクの輝きは、まさに、ホメロスが叙事詩オデッセイで書いてある「黄金の甲冑に身を包み、白馬にまたがり丘の上に太陽を背にして現れたトラキアの王の姿を見て、ギリシャ人の兵達は神を見るように畏れた」、まさにそのシーンが目に浮かんで来ました。トラキア人はトロイに味方し、ギリシャ軍を率いるオデッセイァ将軍と戦いました。
彼らがギリシャ人に恐れられた理由に彼らの死生観があります。彼らは勇敢でした。死を恐れませんでした。トラキア人は赤子が誕生するとその子が経験する多くの苦難を思い、嘆き悲しむ儀式をしました。また、人間が死ぬ時は、苦しみから解放されて、安らぎの本来の世界に帰還することを信じて、祝いの儀式をして死者の旅達を祝いました。
最近の脳科学の世界では、この世で自我を意識して、この世で経験する悲しみや痛みや喜びなどすべてが、脳が創り上げた錯覚、幻想であると主張しています。
インドネシアのバリ島でも死者を祝いますから、古代に於いて、現世とあの世が繋がっていて、死後の世界が生命の源流であるという死生観は、かなり世界的に普遍的な概念だったのかもしれません。
それにしても、古代の世界の死生観と最新の科学の死生観が類似してきていることに驚きますが・・・。7000千年前のトラキア人の黄金の装飾技術、洗練された加工技術を目の前にすると、人間はほとんど進歩をしていないのではないかとさえ思いました。
古代日本人も同じような生命の永遠の流転を信じて暮らしていました。たとえば、日本人は信長が好んだ「人生わずか50年、夢、幻のごとくなり・・・」や秀吉の辞世の句に有るように「浪速のことは夢のまた夢」と言う感覚で生きていました。しかし、日本人は同時に、自然豊かな国土や、和を尊び人間関係をとおして、四季の移り変わりや人生も儚いからこそ素晴らしいという感性を持ちながら生きていたように思えます。

もし、トラキア人がこの日本に住んでいたら、誕生も葬式もお祝いの6000年の歴史を持つブルガリアワインでパーティをしたかもしれないと。
確かに、日本では、黄金に輝く黄金の装飾品やマスクは今後も発見されないと思います。
しかし、日本で発掘される黄金は豊かな自然の恵み、黄金のマスクは、普通の日本人の笑顔だと思います。
[PR]

by masashirou | 2010-05-19 23:13  

私たちの文明が進化の方向性について

私たちの文明が進化の方向性について

この世で僕たちが無意識に目指している技術開発は、あの世の世界に普遍的な事を模倣することである。

あの世の世界とは、
それは、ひとつの世界。混沌の世界、無意識の世界。静かな物質化していない世界。すべてがつながり、争いのない世界。すべてがひとつに包まれて安らかな世界。しかし、ひとつひとつの個性が、魂の運動エネルギーが内蔵されている世界。
コンピューターとは脳を人工的に創り上げることである。この世は脳がすべて作り出した壮大なイルージョーンである。

銀行のカード、クレジットカードのシステムは、まさに、あの世とこの世を模倣したシステムである。あの世の世界が巨大なサーバーシステムである。その場所はサイバーテロや犯罪から被害を避けるために、秘密にされている。一般の会員にはどこに有るのか、その存在すら意識の外に置かれている。
僕たちは指定の番号を登録されて、一枚のカードを所有する。そのカードが行う経済活動はすべてサーバーに記録される。生命活動はその番号の口座に次々と働いて稼いだお金を預ける。残高が少なくなると破綻する。つまり死である。その行為は生命維持行為に似ている。つまり、エントロピーの低い食べ物を食べないと肉体のエントロピーが増大して朽ちてしまう。
サーバーにはその番号つまり、肉体としての個人記録が記憶され保管される。
次に別のカード会社と契約するとしよう。新しいカード会社は様々なサーバーの個人情報を保管する巨大なサーバーにアクセスすると、その個人が別のカード会社でおこなった経済活動を入手出来る。本人は新しく生まれたつもりでも、その「魂」の記録は、継続して巨大なサーバーに記録は保管されている。これは輪廻転生して、個人は記憶がなくても、その魂の経験した記憶や記録が巨大サーバーには保管されている仕組みだ。
僕らの「魂」、肉体、陽と心、陰を結びつける究極の、永遠なる「陰と陽」が螺旋状に運動する存在「陰の陽、陽の陰」を「魂の遊びと学びの運動」と呼ぶことにしよう。

パソコンを廃棄する時にハードディスクのなかに様々な記憶が残されている。使用した本人は消去したつもりでも、特殊なソフトを使用すると、すべての記憶が蘇る。まさに、人間が忘れたはずの全盛の記憶を明確に記憶として取り戻す瞬間に類似している。
僕たちの脳の奥深く、潜在的な記憶の中には、生命の進化の過程の記憶が蓄積されている。僕たちは、魚だった頃の記憶は思い出さないが、脳の中にはちょうどパソコンのハードディスクに死蔵されている記憶の集積と似ている。
パソコンのゲームソフトクリエーターの仕事を見ると、あの世からこの世に出現する光に類似している。まず、パソコン上には何もない画面が有る。スイッチを入れると、光が生まれる。そして闇が現れる。黒い画面の中にゲームクリエーターが描いたものは、光の点である。点は数が増えいく。光の点は画面の壁に当たり、進行方向を変える。そのうちに点と点がぶつかり合う。ピンポンゲームが完成する。次第にインベーダーゲームのように、個性を持つ、インベーダーを光の弾を放ち、インベーダー宇宙からの侵略者を打ち落とすゲームが誕生した。
携帯電話の出現で、すべての世界中の人が繋がる。インターネットの世界ですべての人が直接繋がっている。テレビの出現で、世界中の事件が視界に飛び込んでくる世界。
医学の分野では、脳以外の臓器が人口的な機会に置き換えられている。
脳とは意識を司る細胞である。あの世には意識が無い世界であるから、将来人類は「自我」を創造している脳も人工的な機械に置き換えられる方向に進むであろう。ゲーム世界では、バーチャルな世界がリアリティを保有する方向で開発が進んでいる。
老子の世界観は、太極図の紋様に明確に示されている。陰と陽が螺旋状に回転運動をしながら、対立する陰と陽は、相互依存の相対的な存在である。陰が無ければ陽は無い。
陰と陽は、「陰の陽と陽の陰」という窓で相互に繋がろうとしている。
そこに、すべての価値創造が誕生する。
すべての存在が永遠なる時間経過の中でしか存在しない。つねに移ろい、はかない一瞬でしか存在し得ない。その一瞬とは、有ると認識した瞬間に過去の闇の中に消えていく。それを釈迦は空と呼んだ。無いけれども有るという概念だ。僕らは、錯覚の世界に生きている。有るという錯覚。それは、運動体なのだ。僕らの五感はすべて錯覚をリアリティと脳が創造する世界に存在する。遠く宇宙の星を観察する時、その星の存在を僕らは、有ると認識する。しかし、その星はもしかしたら、数億光年前に消滅して存在していない星かもしれない。無いものを有ると認識する僕らはリアリティと感じているものすべてが錯覚なのだ。
無常というのはその事を言う。儚いが貴い一瞬。
それを受け入れ、そのはかなさを嘆くのではなく、楽しむ為に我々は生きている。
[PR]

by masashirou | 2010-05-19 23:07