2010年 05月 13日 ( 4 )

 

日本人の脳と欧米人の脳の違い

日本人の脳と欧米人の脳の違いの最新の研究データがあります。
日本人の脳は水のせせらぎやコオロギの虫の音を論理や言語を司る左脳で理解しようとするのに対し、欧米人は単なる音として処理する右脳で理解するというのです。

日本人の脳は自然からだされる音が自然を司る偉大な存在からの言語、メッセージとして理解しようという働きをするのです。

欧米人はアジアを文化の劣った地域であるという傲慢な考えを捨てなくてはいけません。

自然とは人類が支配するものでは無くて、日本人のように人類も自然のなかの一部であり、自然との共存を大事に思う心、精神を学ばなければならないのです。自然は多様性と相互扶助、共存の原理を人類に教えています。

近年自然と人類が共に進化しようと試みた古代文明が発見されました。ブラジルとボリビアに広がるもモホス文明です。
この文明は人類が自然を克服しながら文明の進化を求めるものではありません。自然のシステムをうまく人類の文明の進化に取り込み、自然と共生しながら高めていこうという共進化文明です。
興味深い事に、その大地から発掘されたシャーマンの人骨のDNA分析からこの文明を創造した民族は古代日本の人骨と一致しています。自然の大きな意志に従って生きる知恵を持つ原日本人の智恵を欧米人は謙虚に学ぶ時がきました。

アジアでも中近東でも欧州でも、世界中、過去の怨みを永遠に忘れず、復讐のための報復戦争を繰り返している現代国際社会において、この人類の文化遺産ともいえる『日本精神』を、欧米社会もおおいに、学ぶべきだと思うのです。

今こそ、たった一人の人間を殺しても怨念をうければ呪い殺されるという日本的思考を世界に広める時が来たように痛切に感じます。

そうしないと世界で唯一の原爆被爆国である日本も、アメリカのように大量殺戮兵器を持ちたい、使用しても構わないと思うようになるでしょう。その時が人類の歴史から、核の恐怖の歯止めが失われる時なのです。

大量殺戮を平気で行う欧米諸国や中近東の諸国やアジアの人達に日本の怨念の概念が浸透することが出きれば、怨念の怖さが戦争の危機を回避させる精神土壌を人類共通の記憶の海に作れる可能性があると思うのです。

東洋では、老子は『怨みに報いるに徳を以て報いなさい』という言葉を残しています。 また、西洋にも、例えば、古代ユダヤ、バビロニアのハンムラビ法典には『眼には眼を、歯には歯を』という言葉があります。

現代では、この言葉は復讐を薦めているように誤って使われています。しかし、この言葉は、古代において、復讐のために敵の民族を根絶やしにする野蛮な行為を戒める言葉なのです。つまり、復讐の範囲を拡大するな『眼を突かれた者は命を奪ってはならぬ』という戒めの言葉です。

新約聖書ではそれをさらに、大きく深めて、キリストは『悪人に手向かってはならない。誰かが右の頬を打つなら左の頬をも向けなさい』

『敵をも愛しなさい。敵を許し自分を迫害する者の為に祈りなさい』という言葉を残されました。

復讐にたいする人間のあり方を教えています。この世界もこの2人の偉大な賢人の言葉に従い、『復讐のない理想郷」を最後には実現できると確信します。

[PR]

by masashirou | 2010-05-13 23:29  

足跡

信仰心の篤い男が今まさに、あの世に旅たとうとしていた。
男の魂は老衰した肉体を離れ、天空の光の中にいた。
天空から自分の歩んだ人生の道を眺めていた。

男が歩いた人生の道には、二つの足跡が残されていた。
男はもう一つの足跡が神さまの足跡だと即座にわかった。
長い人生のほとんどが男は神さまと共に暮らしたのは間違いなかった。

男はつぶやいた。

「私はいつも神と共に歩いてきた。しかし、人生の道を振り返った時、一番苦しい時にあなたはそばにいなかった。何故なら2人の足跡がズーと続いてきたのに、苦しい時の足跡は私一人の足跡だけだった・・・・・・」

男は輝く光に尋ねた。

「神さまは何故、私が一番そばにいて欲しい時にいなかったのですか?」


光は男に慈愛に溢れた声で答えた。


「その足跡を良く見なさい。そのよろめいたような足跡は私が悲嘆で打ちのめされた汝を背負って歩いた足跡なのだ」

ひとつの足跡は神さまの足跡だった。

男の顔に涙が溢れた。
男の魂はあの世に吸い込まれるように消えていった・・・・・。
[PR]

by masashirou | 2010-05-13 21:53  

右脳的な生き方のすすめ

右脳は5次元世界と繋がる脳の機能を果たしています。左脳はこの世で生きる機能を果たしています。どちらも大切な脳の機能です。右脳は一瞬にして五感からの情報を並列処理をして膨大な情報を今という瞬間に手に入れることが出来ます。左脳はそれらの情報を直列的に情報の重要度を分析して並べ替え処理をします。直列処理をすると、時間という線が出来ます。ここではじめて今という一瞬が過去と未来に分類されるのです。これは過去の情報、これは更に過去の情報。そうして未来の行動を時間軸に沿って想像することが出来ます。また、五感から右脳が得た空間情報を立体的に情報を組み立てます。又視覚情報の映像を各部分に名前を付けてその立体情報を組み立てます。それにより、自分の身体の領域と環境や他者の立体映像を認識します。時空という認識から行動がはじめて可能になるのです。つまり変化することが出来るのです。

右脳世界では全て宇宙の全てがひとつに繋がる感覚が強く認識出来ます。安らぎの世界です。他者という意識が存在しません。ですから平和な感覚の中で漂う感じです。しかし、自分の固有の波動領域を漠然と感じる事が出来ます。これが幽界、5次元世界における自我です。


右脳と左脳は脳梁により、強く連結されています。そのために、右脳と左脳とが描く情報を区別する事が出来ません。しかし、右脳と左脳の仕組みを理解すれば、憎しみや差別や区別や他者との比較意識やそれらの感情が左脳が作り出す情報である事が即座に判断出来るのです。右脳だったらどのような判断するかという思考過程を得ることで、脳を、たとえば目の前に置いた連結した2台のノートパソコンのようにイメージすると、右のパソコンの情報と、左のパソコン情報を較べどのように行動すべきか冷静に判断することが出来るのです。

8年間、右脳だけで生活をした脳機能学者テイラー博士は、回復した現在、右脳と左脳をまるで2台
のノートパソコンのように使い分けて、苦しい時は右脳の感覚で、左脳が指示する争えとか、比較せよという指令を無視する事が出来るそうです。

私たちも、そのイメージで脳を切り離して、思考する試みをしてみませんか?楽しいですよ。
[PR]

by masashirou | 2010-05-13 14:55  

賢者の教え

右脳教育を推進した七田真先生の「全能力」という本のなかに、素晴らしい老子的な英語の詩を見つけました。少し老子的な意訳をしてご紹介します。



アメリカのニューヨークのリハビリテーションの壁に描いてあった言葉だそうです。

「私は、大きなことを成し遂げるために力を与えて欲しいと神に願ったのに、謙遜を学ぶようにと弱さを授かった。

私は、より偉大な事が出来るようにと神に健康を願ったのに、より良きことが理解出来るようにと病弱を授かった。

私は、幸福になろうと多くの富を神に求めたのに、私は賢明であるようにと貧困を授かった。


私は、世の中の人々から多くの賞賛を得ようと、神に成功を願った。しかし、得意にならないようにと多くの失敗を授かった。


私は、人生を享楽しようと、神にあらゆる物財を求めたのに、あらゆるものを喜べるようにと「知足」の智慧を授かった。


神は私が求めたものをひとつとして授けてはくれなかった。

しかし、人生が終わろうとしている今、神は私の願いを全て聞き届けられたのだと思う。


確かに、私が人生で手にしたものは、私が願ったものと全てが違っていた。


しかし、私が心の奥底で願ったものを全て神さまは叶えてくださったのだ。


私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福された人生を手にした」



[PR]

by masashirou | 2010-05-13 13:13