2010年 02月 15日 ( 1 )

 

波動宇宙では未来から過去へ時間が流れる理由

波動宇宙、精神宇宙では未来から過去へ時間が流れる理由

波動宇宙、情報宇宙、精神宇宙の世界では、時間のベクトルが物質宇宙、肉体宇宙の世界を流れる時間ベクトル、つまり、過去から未来への時間ベクトルと正反対の向きに流れています。

時間は川のようなものです。

肉体宇宙で先に歩んでいる人たちは川の上流を目指して、進んでいく人たちです。未来の子供たちは川の下流にいる人たちです。現在の我々から見ると、前に見える人たちが過去の人で、後ろにいる人たちが未来の人たちです。

我々が過去が見えるのに、未来が見えないと思うのは、精神世界では前である「過去」を向いて時間という川を上っているからです。未来は、後ろを見ようと振り返る意志を待たないと見えないのです。

前が過去で、未来が後ろ。つまり精神世界では前が過去で、未来は後ろにいると認識しています。

大東亜戦争の前という表現をします。「前」が過去なのです。

大東亜戦争後という表現をします。「後」が未来なのです。

人気テレビ番組で「BEFORE AFTER]という改築の番組が有りますね。古い家が前の家で、改築した家が後の家です。「過去である原因」が「前」にあり、「未来である結果」が「後」に有るという感覚を自然に我々は持ってそのように表現します。


つまり、無意識レベルで、時間のベクトルの向きを時間が未来から現在から過去へと流れていると感じているからそのように表現しているのです。

2500年前の老子やお釈迦様が語った言葉や英知を現在に生きる我々が飛躍的に科学がすすんだと自負しながら理解しようと試みて、いまだに到達出来ないでいるのは、精神宇宙では老子やお釈迦様が精神的上流にいる人たちだからです。

よく、2500年も前に科学も今ほど無い時代に、量子力学も宇宙理論も解明されていなかった時代に、老子やお釈迦さまのような発想ができたなあと感心する人がいます。

そうじゃないんです。

精神世界では、我々は、2500年前の精神を目指している時間ベクトルの流れの中にいるのですから、「過去」の人の方が精神レベル的に「未来」的に進んでいるのです。

前向きに生きるとは、精神的な世界では「過去に学ぶ」という事なのです。

後ろ向きに生きるとは、精神的に劣った未来の知識のカオス的泥沼にはまり混乱すると言うことなのです。


未来には、過去の英知を右脳で理解する智慧が衰えて真理が理解出来なくなった我々が呆然と佇んでいます。

だからこそ、膨大な科学的知識を必要となり、未来の英知である「過去の英知」を理解しようと試みているのです。


精神世界では、我々は退化しているのです。

ダーウインは物質宇宙、肉体宇宙での時間ベクトルである過去から未来へ流れる時間の中で、進化論を語りました。それは正しいのです。


しかし、精神宇宙の世界では過去から現在に流れ未来へ流れる時間のベクトルの視点から見ると、退化論なのです。


1000年先の未来の我々が相変わらず、様々な理論を駆使して老子やお釈迦様の語った真髄をああでもないこうでもないと悩んでいる姿が見えます。


精神宇宙の退化論こそ我々が自覚すべきことなのです。


つまり、精神宇宙では、時間が未来から過去へと流れているからです。

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by masashirou | 2010-02-15 09:04