2010年 02月 11日 ( 3 )

 

「アバター」や「サロゲート」のような映画が相次いで公開される事にシンクロ二ティを感じます。

私が、影の宇宙(あの世)と陽の宇宙(この世)の関係を類似したシステムで説明したいと考えたこのタイミングで、「アバター」や「サロゲート」のような映画が相次いで公開される事にシンクロ二ティを感じます。

「サロゲート」と「アバター」の予告編です。








とくに、左右の視差角度我異なる映像にシンクロして眼鏡のシャッターが反応する3D電子眼鏡を使い、長時間鑑賞する3D長編娯楽映画「アバター」は、人類が製作した映画の歴史の中で、わずかに、36日で、歴代一位の18億ドルの売上げを達成した作品です。まさに、バーチャル時代到来を予感させます。ちなみに、歴代の売上げ第一位の映画は同じ監督ジェームス・キャメロン監督の製作した「タイタニック」でした。ちなみにこの同じ売り上げを達成するのに1年6ヶ月の月日がを要しました。そのことから考えても、この映画が人類史上最大の興業成績を残す映画となることでしょう。人類の思想を変えるほどの映画は、既存の権力を保有する人たちには脅威となります。

いよいよアメリカでも映画「アバター」の上映禁止の動きが出てきた。
彼らの反対の理由は以下の通り。

反キリスト的である。アメリカの海兵隊に似た軍隊をを悪者として描いている。
神の命の木を敬う自然崇拝思想はキリスト信仰を否定する危険な思想である。

森の神々が宿ると信じていたドイツのゲルマン民族にキリスト教を布教させる時、キリスト教徒は神聖な森の木々を伐採して見せた。もし、森の神々がキリスト教のイエスより強いのならキリスト教徒に罰を与えるはずであるとゲルマン民族に語った。木々を切り倒し、森を消滅させたキリスト教徒は無事だった。ゲルマン民族は森の信仰を捨てた。ドイツ守護の聖人ボニファティウス(680年~754年)は8世紀にドイツ中央部のヘッセン地方全域のゲルマン人の信仰を集めていた御神木の巨大な樫の木を切り倒した英国生まれの宣教師です。カトリック教会にとって自然崇拝は敵なのです。

そんな記憶を呼び起こすとアメリカのキリスト教徒は反対したです。誠に愚かしい偏狭な考えのアメリカのキリスト原理主義者達です。ブッシュ大統領や彼らが世界第二位の石油生産を手にするためにイラク戦争や大麻の生産販売を手にするためにアフガン戦争、その戦争に大義を与える自作自演した911テロ事件を起こしたのも異教徒を根絶やしする偏狭な考えからです。

2010年のビッグサプライズとして、現在、アメリカの裁判所で、911テロ事件の遺族から訴訟されている911テロ事件の首謀者としてブッシュ元大統領は、オランダのハーグにある国際高等裁判所でも、大義無きイラク戦争の戦争犯罪人として裁かれるという話題がささやかれています。それほど、アメリカの国際的な信頼は経済も政治も失墜してしまいました。



中国も上映禁止の動きがありました。チベットやウイギル族の弾圧をイメージさせる反中国的映画だからです。先週から中国ではアバターの映画の一般公開が政府により大幅に縮小されました。
日本で公開中にぜひ、ご覧ください。私は2度見に行きました。

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by masashirou | 2010-02-11 23:21  

『龍』の旅にでるのです

仏教の覚醒者、ブッダ、釈迦は弟子たちに『足るを知る人は幸いです』と遺言しました。旧約聖書のヨブ記には、悪魔によりヨブの信仰が試される物語が描かれています。富や家族、友人の全てを悪魔から奪われ、そして、自分の身体も病に冒されたヨブに悪魔は尋ねます。『ヨブよ。熱心な神への信仰を持つお前に、このような多くの災いをもたらす神を怨むであろう?』
ヨブは悪魔に答えるのです。『裸でこの世に生まれ、裸でこの世を去っていく。神は全てを与え、全てを奪う。それでも神を私は讃えるのです』
人間がこの世で所有する財産はこの世に全て置いていかねばなりません。我々がこの世界で求めるものは蓄財ではありません。自分の価値の創造こそ我々が目指すものなのです。
所有するものの大きさで、人生の価値を評価しない思想を学ぶべき時が来ています。アポロから映し出された地球は暗黒の宇宙に浮かぶ青い小さな星でした。有限なる地球の資源を奪い取る考えは21世紀には、通用しないのです。『分かちあう』『共に生きる』共存の道を求めるべき時が来ました。温暖化の地球規模の危機によって、全ての人間が繋がっている事を初めて認識できたのです。
二酸化炭素の排出権とは残された大気を汚染する権利を分かち合う権利といえるでしょう。
自分以外の見知らぬ人の利己的な行為によって全ての人類が滅亡する事実です。このことは初めて人類がお互いにあらゆる境界や区別を乗越えて協力するきっかけになる福音かもしれないのです。

『文明の衝突』というのは文明の根底にあるものが異なるという恐怖を植えつけるために創られた幻想です。世界の宗教の根底では同じサムシング・グレートの存在を讃えています。

イスラムでは『アラー』、ユダヤでは『エホバ』、キリスト教では『ゴッド』、インドでは『仏』、中国では『天』、日本では『神』とそれぞれ、異なる名前が付けられました。

いま世界を大きな憎しみの連鎖に導いている、争いの根源の宗教であるユダヤ教、キリスト教、イスラムの3つの宗教は、同じ旧約聖書を聖典とする同根の宗教であります。


『何事のおわしますかは知らねども ただありがたさに 涙あふるる』

12世紀の中世の日本の仏教徒である西行法師がこの歌を詠みました。

この僧侶が異なる宗教の伊勢神宮を訪れた時、神社の参道に流れる清らかな川の前で、心を激しく打たれて詠んだ歌です。

人の心を感動させる尊い存在、『サムシング・グレート』という存在は同じなのです。

世界はただ名前が違う『尊いもの』を信仰し、その名前のために殺しあっています。

この日本的精神に我々は大いにまなぶべきだと思うのです。

根源は同じサムシング・グレートの存在を讃える同じ宗教だったのは歴史的事実です。

同じものを信じる文明同士が衝突するはずは無いのです。人間がつけた名前が異なるという理由だけで、多くの人間たちが殺し合いをしています。私は必ず、お互いの違いを超えて理解し合い、和解し、共存することが出来ると信じています。


現在の先進国の民主主義国家の理念はフランス革命から誕生しました。

『リベルテ(自由)・エガリテ(平等)・フラテルニテ(友愛)』のうち、フラテルニテを私たち英国民はフラターニティ(博愛)、つまり(大きな愛の心で他者と仲良くする)と英語に訳しました。それが誤訳だったのです。フランスでは、シラク大統領はじめ、歴代のフランス大統領はフラテルニテ(友愛)を次の言葉で言い換えて演説をしています。
それは『レスペ・オ・ゾートル』という言葉です。英語で言えば『レスペクト・フォー・アザーズ(異質な他者を尊重する)』。

全ての宗教が『他者を自分のように愛しなさい』と水のような無償の愛を教えています。

東洋の老子は『最高の善は水である』と説かれています。
この絵をごらんください・・・・」

ロナルド教授は大きなスライドに映し出された絵をレーザーポイントで指し示した。スクリーンには墨絵の風景画がスライドしながら映し出された。

幽玄の世界の森から海に至る水の流転を絵画にした日本の絵であった。会場は不思議な沈黙で包まれた。

「この絵は、関東大震災が東京を襲った時、日本で公開されたタイカン・ヨコヤマの作品です。タイトルは『生々流転』、老子を敬愛するヨコヤマが描いた人間の輪廻転生を水の一生に置き換えて、作品にしたものです。36メートルの長さの絵巻物です。水の生涯を描いています。水は深い森で生まれ、海に流れていきます。最後には大海原で、水は水の神の化身である『龍』になり変身し、天に昇り、再び、清らかな水に生まれ変わるのです。

そうです。私たちも水なのです。水に学びましょう。水のように生きるのです。水は全ての生き物に恵みを与え、無償の愛で命を育みます。四角の器では四角に丸い器では丸く、全ての穢れ、地上の汚れを全て自分が引き受け、もっとも低い所に自分を置くのです。

もっとも弱く、柔らかな水、水は数年の時間をかけて、硬い岩に穴を開けることも出来るのです。また、小さな、か弱い水と一緒になり、激流となって、大きな岩を動かすことも出来るのです。水は人々が見えない遥か彼方の大いなる海を目指します。

より低い所を目指し、流れ続けます。偉大な生命の故郷、海に抱かれ漂うのです。水はやがて、太陽の強い光を受け、清純な水蒸気となり、天上にもどり白い雲となります。風に吹かれ、大地に高く聳える山々に戻るでしょう。やがて、一滴の水滴として小さな草の葉の上に舞い降ります。そして、長い果てしない永遠の無償の愛、水の神『龍』の旅にでるのです

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by masashirou | 2010-02-11 08:19  

日本人の脳と欧米人の脳の違いの最新の研究

日本人の脳と欧米人の脳の違いの最新の研究データがあります。
日本人の脳は水のせせらぎやコオロギの虫の音を論理や言語を司る左脳で理解しようとするのに対し、我々欧米人は単なる音として処理する右脳で理解するというのです。

日本人の脳は自然からだされる音が自然を司る偉大な存在からの言語、メッセージとして理解しようという働きをするのです。

我々欧米人はアジアを文化の劣った地域であるという傲慢な考えを捨てなくてはいけません。

自然とは人類が支配するものでは無くて、日本人のように人類も自然のなかの一部であり、自然との共存を大事に思う心、精神を学ばなければならないのです。自然は多様性と相互扶助、共存の原理を人類に教えています。

近年自然と人類が共に進化しようと試みた古代文明が発見されました。ブラジルとボリビアに広がるもモホス文明です。
この文明は人類が自然を克服しながら文明の進化を求めるものではありません。自然のシステムをうまく人類の文明の進化に取り込み、自然と共生しながら高めていこうという共進化文明です。
興味深い事に、その大地から発掘されたシャーマンの人骨のDNA分析からこの文明を創造した民族は古代日本の人骨と一致しています。自然の大きな意志に従って生きる知恵を持つ原日本人の智恵を我々欧米人は謙虚に学ぶ時がきました。

アジアでも中近東でも欧州でも、世界中、過去の怨みを永遠に忘れず、復讐のための報復戦争を繰り返している現代国際社会において、この人類の文化遺産ともいえる『日本精神』を我々、欧米社会もおおいに、学ぶべきだと思うのです。

今こそ、たった一人の人間を殺しても怨念をうければ呪い殺されるという日本的思考を世界に広める時が来たように痛切に感じます。そして、その科学的な証明をロナルド仮説が担うことが出来れば光栄です。

そうしないと世界で唯一の原爆被爆国である日本も、アメリカのように大量殺戮兵器を持ちたい、使用しても構わないと思うようになるでしょう。その時が人類の歴史から、核の恐怖の歯止めが失われる時なのです。

大量殺戮を平気で行う欧米諸国や中近東の諸国やアジアの人達に日本の怨念の概念が浸透することが出きれば、怨念の怖さが戦争の危機を回避させる精神土壌を人類共通の記憶の海に作れる可能性があると思うのです。

東洋では、老子は『怨みに報いるに徳を以て報いなさい』という言葉を残しています。 また、我々の西洋にも、例えば、古代ユダヤ、バビロニアのハンムラビ法典には『眼には眼を、歯には歯を』という言葉があります。

現代では、この言葉は復讐を薦めているように誤って使われています。しかし、この言葉は、古代において、復讐のために敵の民族を根絶やしにする野蛮な行為を戒める言葉なのです。つまり、復讐の範囲を拡大するな『眼を突かれた者は命を奪ってはならぬ』という戒めの言葉です。

新約聖書ではそれをさらに、大きく深めて、キリストは『悪人に手向かってはならない。誰かが右の頬を打つなら左の頬をも向けなさい』

『敵をも愛しなさい。敵を許し自分を迫害する者の為に祈りなさい』という言葉を残されました。

復讐にたいする人間のあり方を教えています。この世界もこの2人の偉大な賢人の言葉に従い、『復讐のない理想郷」を最後には実現できると確信します。
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by masashirou | 2010-02-11 07:36