2006年 05月 09日 ( 1 )

 

老荘思想と北島三郎芸道45周年記念公演



長い間会社から離れて年賀状書かず20年近く、自由を愛し、束縛を嫌い、何のしがらみも残さない人生を生きる孤高にいき死んでいく。


老子のように、名もなく、素浪人というキーワードで生きてきました。そんな私ですから仲間つくりは苦手で、孤独を愛する人生を楽しんできましたからしょうがないといえばそうなんですが・・・・、友達がいる不自由さにも少し憧れています。年を取ったせいでしょうか?


老荘思想に生きる私としては水の交わりができる友達関係が理想です。昨日、そんな素敵な数少ない友人と二人で、演劇評論のお仕事を兼ねて、具体的に言いますと「博多座の広報誌」に演劇評論を書くために、
北島三郎芸道45周年記念公演を見ました。驚きました!なんと70歳の「北島サブちゃん」が白鳥に乗っては客席の上を3階席まで飛んでいました。

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猿之助の三国志のスーパー歌舞伎でも猿之助が白鳥になって、博多座の客さんの上空を舞いましたが、北島サブちゃん、猿之助よりも長く客席の上を飛んでいました。まさに、「スーパー演歌劇」誕生と言いましょうか・・。それに、なんと男性が40%以上のお客様で満席でした。

いつも男性が5%ぐらいしかいないので肩身の狭い思いをしていました。これには、クールな私も本当に嬉しくなりました。博多座には毎月、母や姉にひっぱられて見にいきますが・・、ほとんどの公演が森光子さんや藤山直美さんなどの女性役者が主役のせいか、いつも男性が5%ぐらいしかいないので肩身の狭い思いをしていました。

北島三郎の公演はエンディングが凄いと聞いていましたが、これ程とは思いませんでした。私がアメリカにて石油を掘削していたころ、たまたま北島三郎の歌「与作」をアメリカ人の掘削仲間の前で歌ったことがありました。

その時、アメリカ人が北島三郎という歌手は「どんな歌手か?と聞かれ「日本のフランク・シナトラ」だと説明したことがあります。まさにラスベガスで見たシナトラの豪華なショーみたいでした。


それに競演の懐かしの喜劇役者「白木みのる」が72歳、「人見明」が84歳で舞台に出演されていましたのには感動しました。私は58歳ですが、もし、近所の70歳のおじいさんが84歳、72歳の人とショーとお芝居をやるから来てねと誘われたら、自分がどう反応するでしょうかと考えると・・・これは奇跡です。私もまだやれるぞと、何をやれるかは、凡人ですので、アイデアがでてきませんが、老後のちまちました人生設計なんか吹っ飛びました。



お芝居の演目は長谷川一夫の映画で有名な「伊那の勘太郎」。さまざまな人間の義理が絡み合う日本人ならぐっと心の奥に迫る情感を描いた作品。5年ぶりに帰って来た勘太郎は、自分の子新太郎を大事に育ててくれた妻おしのと、再婚した岡っ引きの辰蔵の前で、怒りと感謝と戸惑いの中で揺れる勘太郎を渋いいぶし銀の演技で演じる北島三郎の演技に各席からすすり泣く声が聞こえてきます。


とくに、新太郎を演じた子役がいい演技をしています。おしのを演じる野川由美子がいつも前かがみの姿勢で新太郎を抱き寄せる、つつましく、しかし、子供のために強く試練を乗り越える日本の女を見事に演じています。脚本でうまいなあと感心したのは、悪役の兄弟にもそれなりの兄弟の義がきちっと描かれていた事。まさに今、世界はアラブの義とアメリカの義との戦いの真っ最中。義という概念は人と人を結びつけ、助け合うこと、愛することにもなると同時に人と人を憎み合わせ戦わせることにもなるというメッセージを発信しています。


また、義という漢字には「補う」という意味があります。「義肢、義手、義足、義母」など。理屈ばかりの世界から生まれる利害関係だけで動く世界を補うのが「義理」です。「義理が廃ればこの世は闇だ」と人生劇場の有名な歌がありますが、戦後60数年の間に、日本人が完全に失いつつあるものが「義理」でしょう。勘太郎はこの義理の世界で生きた人間です。理屈を超え、自分を犠牲にしてでも、人間が利他の世界に進むようにと、押し出す力が「義」の心なのです。考えて見れば、昭和20~40年代の大衆映画は任侠道や親子の情愛を真正面から描いた作品が多くありました。

アメリカの占領政策で、こうした日本人の美徳である情感、例えば、人のことを思いやる心自分の我を押しとどめる心、我慢して努力する心、つつましく人を愛する心、恥を知る心、誇りを持って生きる心など、次第に消滅していきました。この芝居はそういう意味で古い芝居です。しかし、今、もっともニーズのある芝居かも知れないと思いながら見ました。子供たちにぜひ、見せたい芝居のひとつでしょう。



「北島三郎大いに歌う」歌謡ショー。北島三郎のお父さんやお母さんを「産みの親」、作曲の舟村徹先生、作詞の星野哲郎先生を「育ての親」と紹介しながら、空中に浮かぶ雲のスクリーンに映し出し、思い出の曲500曲から選んだ格別の思い入れの強い曲を心を込めて歌い上げるサブちゃんの姿は何かひとつの事を求め成し遂げた人間の凄さと清清しさを感じさせるステージでした。故郷函館に熱い郷愁、報恩の思いをユーモアを交えて自然体で語るサブちゃんにも、心から拍手を送ります。
日本人が古い、ダサいと切り捨ててきた日本の心がこの舞台で輝きを持って見事に蘇りました。ありがとう!サブちゃん。


もし、老子がこの公演を見てたらこう言うに違いありません。


「私のことを誰がつけたか老子と呼んでいるらしい。今の日本人は老という漢字の意味を誤解してるから教えてあげよう。本当の意味を。「老酒」ラオチューと呼んでいる中国のお酒があるが、「老」という意味は最高に熟しているという意味で、年を取ったというような後ろ向きな言葉ではないんだ。


年を取るということは人間として赤子のように再び、完成度の高い最高の状態にもどることなんだ。北島サブちゃんもやっと70歳の年齢を得て、すこしいい演歌歌手の玄関の入り口にたどり着いた感じ。まだまだ、サブちゃんは成長し、成熟する可能性のある歌手だと思う。


日本人は一年の季節の移ろいを春夏秋冬とイメージする。年を取ることを冬にたとえるから間違ってしまう。古代中国では一年を冬春夏秋とイメージする。色で言えば黒(玄)青赤(朱)白。動物で言えば亀龍雀虎。だから晩年はイメージで言えば秋。色で言えば白。つまり白い虎のイメージが老人のイメージとなる。

ちなみに柳川生まれの詩人北原白秋はそれから自分の名前をつけた。人間が生まれたて子供の時代を黒い大地から冬眠から覚めた亀が這い出す時期、つまり、黒い亀の時期だ。次に大人になるまでの若い学ぶ時代。それは志を高く飛翔する青い龍、まさに青春だ。

次に来るのが、大人になって群れの中で仲間と力を合わせてよりよい社会の建設に向けて暮らす時代。赤い朱色の雀の時代だ。そして晩年。白い虎になって深い森に住む。だから、年を取るということはかっこいい。

サブちゃんが身につけた白い衣装で空を飛んでいる姿を見て、黒いスクリーンの中からら白い虎が青と赤の時代の記憶を象徴するの二つ赤青の龍を従えて出てきて飛んでいるんだなぁと思ったね。



サブちゃんかっこいい。皆さんも年をボーッとしてとらないで、熟すように年をとろうと意識して努力すると、サブちゃんの様に、70歳でも空を飛べるんじゃ。」と・・・・

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by masashirou | 2006-05-09 20:00