欧米人と日本人の発想の違い!

統合失調症という心の病気の患者が増加している。興味深い事に欧米人と日本人では全く症状が異なるらしい。欧米人は「自分が周囲の人間と似てきている」と自己が喪失する恐怖を訴える。日本人は「自分が人を異なる考えを持ち、周囲の人から嫌われているのではないか?」という不安を訴える。日本人は単一民族であるからみんなと一緒である事が、心が最も落ち着く。欧米人は他民族国家なので、自己が人と異なる個性を持つことで心を落着くのだ。


ところが、学問やビジネスでの価値はっまったく異なる。私は石油開発で16年間出光で働いた経験がある。アメリカ人やユダヤ人やフランス人や中国人と仕事でつきあった経験から日本企業は絶対世界的な石油企業にはなれないと痛感した。

たとえば、新しい石油鉱床が発見された時、この鉱床の特徴を説明する論文を書く時、欧米人の研究者は、ここ鉱床はすでに開発されている鉱床との類似点について分析して記述するといい論文だと評価される。日本ではこの鉱床がいかに他の既存の鉱床と違うかについて記述すると高く評価されるのである。それも日本人研究者は本当にわずかな違いをことさら強調する。詳細な違いを見つけ出すことに多くの価値を見いだす論文が多いのである。


日本の地質学者の違いを強調する論文からは、世界的な普遍的な石油鉱床生成の原理は見つけられない。

私が経験したそのひとつの例についてお話ししましょう。

あるアメリカの地質学者はインドネシアで海洋プレートが沈み込むバックアークプレートのエリアにその海洋プレートが大陸プレートに摩擦しながら滑り込む摩擦熱の発生する地域に石油が熟成するという普遍的な仮説を発見した。

欧米企業の首脳はそのあたらしい仮説に基づいて、海洋プレートが大陸プレートに滑り込む地域は地球上に無いかと考えるのである。

その結果、アラスカの海の下に同様なエリアがあるに違いないという結論を導き出す。

そこでアメリカの石油企業が試掘をしたところ巨大な海底石油鉱床が発見されたのである。

欧米人の思考にはキリスト教的な一神教の考えがある。つまり、世界はひとつの統一される原理で全てが動いている。どんなに遠くても、同じ原理が同じものを創っているはずである。そのように考えるから、世界的な探査や開発の試みが躊躇無く出来るのである。

それに対して、八百万の神を持つ日本人は、あれもこれも全てが異なることこそ、つまり多様性を美しいと思うう美意識がある。当然、八百万の神々もひとつの神の化身であると信じているからこそ多様性の神を容認するのであるが・・・。日本人の思考はそれは当然の事なのでことさらそこまで言及しない方が美しいと感じるのである。

世界を無理やり、ひとつの考えで統一しない。バラバラで有ることは美しい。バラバラであるけどひとつである事が美しいと日本人は考える。

欧米人は多様性は混沌としているので見苦しい。全てが完璧な数式で表現される世界にしないと心が穏やかでないのだ。

日本人は個人では、みんなと異なることに不安を覚えるが、学問やビジネスでは異なることに熱中するのである。欧米人は個人では、みんなと同じであることに不安を覚えるが、学問やビジネスでは
普遍的な共通項をみいだそうとすることに情熱を傾けるのである。

グロバリゼーションの波が日本に押し寄せる21世紀において、日本人も否が応でも、多様性をよしとする美意識を大事にしながらも、だけどひとつである宇宙原理、普遍的な原理まで主張するように意識改革をしないと、欧米人や中国人に全ての分野で圧倒され続ける現在の状況からの脱出は出来ないと思う。。
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by masashirou | 2010-06-05 21:06  

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