ミッテラン大統領

ミッテラン大統領は、まさに太極図の大統領といえる。矛盾と合理性、弱さと強さ、不正義と正義、大衆性とカリスマ性、陰と陽、両面の顔を持つ稀有な政治家だ。それが没後十年を経過した今でも、フランス人を魅了している。
 彼はパリ大学卒業後、弁護士をしていた。第二次世界大戦で負傷し、ドイツ捕虜となり、親ナチスのヴィシー政権に身を寄せていながら、同時に地下組織モーランとして対独レジスタンスとして活動した。また、三十歳で議員に選出されたが、左派右派の政権で内閣の大臣を十一回務めた。フランス初めての社会主義者の大統領として、企業の国有化や大型福祉政策、労働時間削減などの社会主義政策を次々と打ち出すが、一連の社会主義政策がつまずくとみるや、再び企業の民営化を断行した。保革共存状態では保守党内閣を組閣し保守党からも社会党からも、味方と敵を同時に作る政治運営などは、陰陽の対極を螺旋状に渦巻きを起こしながら、時代をのみ込む政治手腕といえる。アジアやイスラム世界の理解を進め、冷戦下でも、世界の第三の選択の道を探る独自の外交政策を行った。
 親友のスキャンダルや盗聴スキャンダル、愛人スキャンダルなどのさまざまなスキャンダルを押し切る強さ、陰の部分を大きくのみ込む胆力、度量の大きさなど。まさに、陰と陽の融合を試みた、世界的にも稀有な政治家といえる。歴史、文化の異なる欧州諸国を統合し、また、人類の夢である、国境を消す試みに挑戦しながら、一方で、フランス固有の文化を守ろうという強い姿勢を共存させる、光と闇が渦巻く太極図的政治を行った。あらゆる意味で、二十一世紀のパリの風景と、フランスの政治と欧州の政治体制を大きく変革した。東西冷戦下において、フランスとヨーロッパの政治・外交を牽引した。その一方で、癌に犯されながらも、対外的には弱さを見せない強さ、癌の病魔と一人闘いながら、戦後史上最長の十四年間の大統領の激務に耐えた偉大な二十世紀の偉大な政治家であった。
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by masashirou | 2010-05-30 15:24  

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