トラキア人の死生観

福岡市博物館で開催されている「黄金文明展;古代ブルガリアのトラキア人の紀元前5000年の黄金文明発掘!」を見に行きました。
エジプト文明よりも古い古代ブルガリア文明が発見された事は衝撃です。文字をもたないトラキア人の黄金文明は謎の文明でした。
話題の「黄金のマスク」。驚きました!暗闇のなかに浮かぶ黄金マスクの輝きは、まさに、ホメロスが叙事詩オデッセイで書いてある「黄金の甲冑に身を包み、白馬にまたがり丘の上に太陽を背にして現れたトラキアの王の姿を見て、ギリシャ人の兵達は神を見るように畏れた」、まさにそのシーンが目に浮かんで来ました。トラキア人はトロイに味方し、ギリシャ軍を率いるオデッセイァ将軍と戦いました。
彼らがギリシャ人に恐れられた理由に彼らの死生観があります。彼らは勇敢でした。死を恐れませんでした。トラキア人は赤子が誕生するとその子が経験する多くの苦難を思い、嘆き悲しむ儀式をしました。また、人間が死ぬ時は、苦しみから解放されて、安らぎの本来の世界に帰還することを信じて、祝いの儀式をして死者の旅達を祝いました。
最近の脳科学の世界では、この世で自我を意識して、この世で経験する悲しみや痛みや喜びなどすべてが、脳が創り上げた錯覚、幻想であると主張しています。
インドネシアのバリ島でも死者を祝いますから、古代に於いて、現世とあの世が繋がっていて、死後の世界が生命の源流であるという死生観は、かなり世界的に普遍的な概念だったのかもしれません。
それにしても、古代の世界の死生観と最新の科学の死生観が類似してきていることに驚きますが・・・。7000千年前のトラキア人の黄金の装飾技術、洗練された加工技術を目の前にすると、人間はほとんど進歩をしていないのではないかとさえ思いました。
古代日本人も同じような生命の永遠の流転を信じて暮らしていました。たとえば、日本人は信長が好んだ「人生わずか50年、夢、幻のごとくなり・・・」や秀吉の辞世の句に有るように「浪速のことは夢のまた夢」と言う感覚で生きていました。しかし、日本人は同時に、自然豊かな国土や、和を尊び人間関係をとおして、四季の移り変わりや人生も儚いからこそ素晴らしいという感性を持ちながら生きていたように思えます。

もし、トラキア人がこの日本に住んでいたら、誕生も葬式もお祝いの6000年の歴史を持つブルガリアワインでパーティをしたかもしれないと。
確かに、日本では、黄金に輝く黄金の装飾品やマスクは今後も発見されないと思います。
しかし、日本で発掘される黄金は豊かな自然の恵み、黄金のマスクは、普通の日本人の笑顔だと思います。
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by masashirou | 2010-05-19 23:13  

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