「マグダナのマリア」

古代、世界中、男と女の神は平等に尊敬されて崇拝の対象になっていた。むしろ女性の神は新しい生命を生み出すという神秘性から、男性の神様より、優位な立場にいたくらいだった。皇帝ネロの時代、キリスト教は、凄惨な迫害を受けていた。
 古代ローマ帝国の皇帝コンスタンティヌス帝は、キリスト教をローマ帝国の国教にした。 共和制から帝政ローマ制度への変革の礎を作った、偉大なユリウス・シーザーが、ローマの最高の権力者になった時、「寛容」と記した貨幣を鋳造した。この貨幣はイタリアの国宝になっている。この「寛容」の精神こそが、ローマ帝国の拡大の秘密である。征服した異民族の神々を、ローマの新しい神として認めた。敗れた異民族は、自分たちの神々とともに、ローマに従った。これを可能にした精神土壌が、ローマ人が信仰する多神教である。コンスタンティヌス帝は、多神教を棄てたのだ。言い換えれば、ローマを捨てた最初の皇帝である。「寛容の精神」を捨てたローマは、その後、東西に分裂し、ローマ帝国は滅びの道を突き進む。歴史は教える。「寛容」を失った国家や組織は滅びると……。
 キリスト教を冷徹に利用し、最後まで、神キリストを信じていなかったコンスタンティヌス帝も、死ぬ直前の三三七年に、洗礼を受けたと伝えられる。西洋の王権神授説は、このコンスタンティヌス帝により発明された概念である。この王権神授説が、時代を経て、ルイ16世などの中世の封建制の王たちの権威を与えたのである。
 西暦三二五年、ニケーア公会議で、八十を超える福音書から。マタイ・マルコ・ヨハネ・ルカの四つの福音書が選ばれ、『新約聖書』が完成した。その基準は、イエスが復活奇跡を起こす神であること。イエスの教えを伝える教会をペテロが設立し、その教会が神と交信できる、唯一の場所であること。その編集基準から逸脱する恐れのある福音書は、異端として弾圧の対象になった。一番恐れたのは、イエスの妻「マグダナのマリア」が、神キリストの子を宿し、その子サラにイエスの血脈が伝承された場合、神イエスが人間であることになる。そうなると、神との交信する場所がペテロの設立する教会以外に拡大し、教会の権威が失墜することだった。
 
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by masashirou | 2010-05-18 21:33  

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