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デトロイトのフォード博物館で見た衝撃の事実

デトロイトのフォード博物館で見た衝撃の事実


この世にはどうも歴史が繰り返す不思議なルールが有る。

鳩山家が麻生家に世代を超えて戦うように、マルコス家とアキノ家が再び戦うように。歴史が時代を超えて類似したパターンで繰り返す。

これは宇宙の記憶に有るパターンが形成されるらしい。それに共振する事象や人間が現れると過去のパターンが共鳴を始めるのだ。


私はフォード博物館でリンカーン大統領の血のついた赤い古びた椅子を見て驚いた。

その椅子の前にある車が、アイルランド出身の偉大な大統領ジョン・F・ケネディが暗殺された時のフォード社製の、リンカーンという車だ。この暗殺された、この二人の偉大な大統領には奇妙な共通点がある。



 まず、この二人は十九世紀と二十世紀を代表する最も偉大なアメリカ合衆国大統領だ。リンカーン大統領はワシントンに巨大な彫像が建設されているくらいだから……。ケネディ大統領もキューバ危機を救った偉大な大統領だ。この二人はアメリカ史に残る名演説を残していることでも似ている。
 『人民の、人民による、人民のための政治』と言ったリンカーン。『国が何をしてくれるのではなく、国民が国に対して、何ができるのか……』と言ったケネディ。どちらも民主主義の理念を謳い上げている演説だ。二人は同じ、北部の出身で、黒人の人種差別に反対し、南部人から憎まれていた。それに、初めての議会選出の年が一八四六年と百年後の一九四六年。大統領当選の年が一八六〇年と百年後の一九六〇年。リンカーンが暗殺されたのが一八六五年四月十五日。ケネディが暗殺されたのが、約百年後一九六三年十一月二十二日。しかも同じ金曜日に、妻の前で、頭を狙撃された。暗殺された場所はリンカーンがフォード劇場の椅子の上、ケネディはフォード社のリンカーンと呼ばれる車のソファの上で……。その椅子が目の前に会った。

私は、は二つの展示物がそんな歴史を持って、同じ場所に存在する因縁を不思議に感じた。この二人のアメリカ大統領は、輝かしい英雄伝説の光と、銃撃暗殺による死という暗い闇の伝説に包まれた人生を歩んだ人物である。後世に語り継がれる偉大な人生、それは幸福と不幸、波乱万丈の陰陽に包まれた人生である。
 

しかも、犯人の運命についても不思議な共通点がある。リンカーン大統領を暗殺した犯人ジョン・ウルケス・ブースは、劇場で狙撃して逃走後、倉庫で逮捕された。ケネディ大統領を狙撃したリー・ハービー・オズワルドは、教科書ビルの倉庫から狙撃した。

私も25年前にこの教科書ビルの窓からケネディが暗殺された道路を見た。

犯人とされたオズワルドは、逃走後映画の劇場で逮捕された。

二人の犯人の誕生の年は一八三九年と百年後の一九三九年。二人ともミドルネームを持っているので三つの名前を持っていた。その暗殺者の名前はいずれも十五文字、二人とも南部出身者。そして、共に裁判の前に暗殺された。しかも、使用された銃のメーカーは同じだ。


 さらに、不思議なことに、その時の副大統領は『アンドリュー・ジョンソン』と『リンドン・ジョンソン』どちらも同じファミリー・ネームだ。そして、二人のジョンソンの誕生の年が一八〇八年と、百年後の一九〇八年。いずれのジョンソンも大統領の名前はいずれも十一文字で、暗殺後直ちに大統領に就任している。そして、暗殺の黒幕疑惑もジョンソン副大統領とされていて、二人とも大統領就任十年後に死亡しているのだ。

さらに、二人の大統領の秘書の名前の関係が興味深い。リンカーン大統領の秘書の名前がケネディ。ケネディ大統領の秘書の名前はリンカーンであった。どちらの秘書も大統領に、『劇場に行くのは危険だ』と、『ダラスに行くことは危険だ』と言って警告した。


 リンカーンのスペルはLINCOLN、ケネディはKENNEDYと同じ七文字。リンカーン大統領が暗殺される一週間前メリーランド州モンローに滞在し、ケネディ大統領は暗殺される一週間前、アメリカの最高の女優マリリン・モンローと過ごしていた。

 歴史は繰り返すという言葉があるが、あまりにも類似点が多すぎる。奇妙な話だ。

歴史から学ぶべきものが多くある。

しかし、ドイツの詩人ハイネが『人間が歴史から何にも学ばないことを、歴史から学ぶことができる』と嘆いている。

我々は歴史から多くのものを学ぶ人間になるべきである。

歴史は面白い!

by masashirou | 2010-05-16 15:16  

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