『龍』の旅にでるのです

仏教の覚醒者、ブッダ、釈迦は弟子たちに『足るを知る人は幸いです』と遺言しました。旧約聖書のヨブ記には、悪魔によりヨブの信仰が試される物語が描かれています。富や家族、友人の全てを悪魔から奪われ、そして、自分の身体も病に冒されたヨブに悪魔は尋ねます。『ヨブよ。熱心な神への信仰を持つお前に、このような多くの災いをもたらす神を怨むであろう?』
ヨブは悪魔に答えるのです。『裸でこの世に生まれ、裸でこの世を去っていく。神は全てを与え、全てを奪う。それでも神を私は讃えるのです』
人間がこの世で所有する財産はこの世に全て置いていかねばなりません。我々がこの世界で求めるものは蓄財ではありません。自分の価値の創造こそ我々が目指すものなのです。
所有するものの大きさで、人生の価値を評価しない思想を学ぶべき時が来ています。アポロから映し出された地球は暗黒の宇宙に浮かぶ青い小さな星でした。有限なる地球の資源を奪い取る考えは21世紀には、通用しないのです。『分かちあう』『共に生きる』共存の道を求めるべき時が来ました。温暖化の地球規模の危機によって、全ての人間が繋がっている事を初めて認識できたのです。
二酸化炭素の排出権とは残された大気を汚染する権利を分かち合う権利といえるでしょう。
自分以外の見知らぬ人の利己的な行為によって全ての人類が滅亡する事実です。このことは初めて人類がお互いにあらゆる境界や区別を乗越えて協力するきっかけになる福音かもしれないのです。

『文明の衝突』というのは文明の根底にあるものが異なるという恐怖を植えつけるために創られた幻想です。世界の宗教の根底では同じサムシング・グレートの存在を讃えています。

イスラムでは『アラー』、ユダヤでは『エホバ』、キリスト教では『ゴッド』、インドでは『仏』、中国では『天』、日本では『神』とそれぞれ、異なる名前が付けられました。

いま世界を大きな憎しみの連鎖に導いている、争いの根源の宗教であるユダヤ教、キリスト教、イスラムの3つの宗教は、同じ旧約聖書を聖典とする同根の宗教であります。


『何事のおわしますかは知らねども ただありがたさに 涙あふるる』

12世紀の中世の日本の仏教徒である西行法師がこの歌を詠みました。

この僧侶が異なる宗教の伊勢神宮を訪れた時、神社の参道に流れる清らかな川の前で、心を激しく打たれて詠んだ歌です。

人の心を感動させる尊い存在、『サムシング・グレート』という存在は同じなのです。

世界はただ名前が違う『尊いもの』を信仰し、その名前のために殺しあっています。

この日本的精神に我々は大いにまなぶべきだと思うのです。

根源は同じサムシング・グレートの存在を讃える同じ宗教だったのは歴史的事実です。

同じものを信じる文明同士が衝突するはずは無いのです。人間がつけた名前が異なるという理由だけで、多くの人間たちが殺し合いをしています。私は必ず、お互いの違いを超えて理解し合い、和解し、共存することが出来ると信じています。


現在の先進国の民主主義国家の理念はフランス革命から誕生しました。

『リベルテ(自由)・エガリテ(平等)・フラテルニテ(友愛)』のうち、フラテルニテを私たち英国民はフラターニティ(博愛)、つまり(大きな愛の心で他者と仲良くする)と英語に訳しました。それが誤訳だったのです。フランスでは、シラク大統領はじめ、歴代のフランス大統領はフラテルニテ(友愛)を次の言葉で言い換えて演説をしています。
それは『レスペ・オ・ゾートル』という言葉です。英語で言えば『レスペクト・フォー・アザーズ(異質な他者を尊重する)』。

全ての宗教が『他者を自分のように愛しなさい』と水のような無償の愛を教えています。

東洋の老子は『最高の善は水である』と説かれています。
この絵をごらんください・・・・」

ロナルド教授は大きなスライドに映し出された絵をレーザーポイントで指し示した。スクリーンには墨絵の風景画がスライドしながら映し出された。

幽玄の世界の森から海に至る水の流転を絵画にした日本の絵であった。会場は不思議な沈黙で包まれた。

「この絵は、関東大震災が東京を襲った時、日本で公開されたタイカン・ヨコヤマの作品です。タイトルは『生々流転』、老子を敬愛するヨコヤマが描いた人間の輪廻転生を水の一生に置き換えて、作品にしたものです。36メートルの長さの絵巻物です。水の生涯を描いています。水は深い森で生まれ、海に流れていきます。最後には大海原で、水は水の神の化身である『龍』になり変身し、天に昇り、再び、清らかな水に生まれ変わるのです。

そうです。私たちも水なのです。水に学びましょう。水のように生きるのです。水は全ての生き物に恵みを与え、無償の愛で命を育みます。四角の器では四角に丸い器では丸く、全ての穢れ、地上の汚れを全て自分が引き受け、もっとも低い所に自分を置くのです。

もっとも弱く、柔らかな水、水は数年の時間をかけて、硬い岩に穴を開けることも出来るのです。また、小さな、か弱い水と一緒になり、激流となって、大きな岩を動かすことも出来るのです。水は人々が見えない遥か彼方の大いなる海を目指します。

より低い所を目指し、流れ続けます。偉大な生命の故郷、海に抱かれ漂うのです。水はやがて、太陽の強い光を受け、清純な水蒸気となり、天上にもどり白い雲となります。風に吹かれ、大地に高く聳える山々に戻るでしょう。やがて、一滴の水滴として小さな草の葉の上に舞い降ります。そして、長い果てしない永遠の無償の愛、水の神『龍』の旅にでるのです

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by masashirou | 2010-02-11 08:19  

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